今の惨めな自分のままで誰とも関わりたくない
「こんにちは……。13時からご予約させて頂きました、中橋祐子です」
祐子がナルシスの鏡を目当てに光太の元を訪れたのは赤羽ゴキブリ事件の1週間後のことだった。
高望み婚活を3年。
結婚前提の妥協交際を3年。
自分の存在価値を懸けて戦った6年という時間は祐子から“若さ”という一番の価値を奪っていた。
「幸せな結婚」という明るい未来のイメージが一切できなくなり、完全に無気力になった祐子は1週間家に引きこもっていた。
職場のネイルサロンにも理由を言わず、退職の意志を伝えた。職場の仲間のネイリスト達も何となくだが何が起こったのか事情を察し、祐子に連絡することはなかった。
祐子と仲の良かった同僚の美羽は、「かわいそう」という同情心よりも心のどこかで、合コンで引き立て役をさせていた祐子に先を越されるという焦りから解放された安心感の方が強かった。全ての女性がそうだとは言わないが、女とはそういう生き物なのである。
幸か不幸か、そんなわけで職場のネイリスト達から連絡のない状況は、祐子にとってちょうど良かった。
《ゆうこりんなら、もっと良い人見つかるよ》
そんなうわべだけの励ましのメッセージに、うわべだけの返信文を考えるストレスを許容できる余裕は祐子には残されていなかったからだ。
“今の惨めな自分のままで誰とも関わりたくない”
人一倍、他人からの評価を気にする性格の祐子はそう思っていた。
その想いが最初は美容整形の情報を血眼になって探していた祐子とナルシスの鏡を引き合わせたことは間違いなかった。
「お待ちしておりました。結婚直前に婚約者に婚約を破棄されてしまわれた中橋祐子様でよろしかったですね? はじめまして。この店のオーナー美容師・新堂光太と申します」
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