誰もが振り向く姿になった33歳彼女が得た優越感 小説『コンプルックス』試し読み(2)

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なんせ“ブサイクは男の視界に入らないこと”を祐子は今までの人生で嫌になるほど経験してきたわけである。

ネイルサロンで働いていた頃。たまに来店する男性客の視線は、決まって爪を削っている目の前にいる自分ではなくて、奥の席にいる美羽の方を向いていた。

合コンで目の前に座った男は耳と口だけで自分と会話をしていて、視線の先を追うとそこにはいつも楽しそうに笑う美人の美羽がいた。

そのたびに祐子は、

“ブサイクは男の視界に入らない”

と実感するのであった。

どういうカラクリで視覚情報が本能的な欲求に働きかけるのかは祐子は詳しくはわからない。しかし、浴びる視線の量と質というのは誤魔化しが利かないと、祐子はこの時思った。

祐子が婚約者の友哉の綺麗事が大嫌いだった理由もそれである。

“外見より中身”

そんな綺麗事を言いながらも、一緒に街を歩いている最中にすれ違う美女に友哉の視線を奪われる瞬間を祐子は何度も確認していたのだった。

そしてそのことを誤魔化すように、友哉は決まってその後すぐ祐子の方をずっと見つめ直す癖があった。これが祐子にとってはたまらなく不快だったのである。

まだそれなら自分に正直な男の方がいい。

「オレは可愛い子が好きだ」

そう言える男の方がマシなのだ。

どこから湧いてくる正義感なのか?

“オレはブスにもこんなに優しくできるんだぜ”

友哉のコミュニケーションには必ずそういった自己主張が付きまとった。

“幸せ過ぎる”

しかし、そんな何の説得力もない自己主張をする友哉に対して本心を言えない自分も結局は友哉と同じ嘘つきだから仕方ない。祐子はそういった自己説得を続けながら友哉との関係を続けてきたのである。

そんな醜かった頃の記憶を思い出しながら祐子はいつしか浅草駅に到着していた。

銀座線に乗り込み、自宅の最寄駅である上野駅へと向かった。電車に乗っている最中も感じる視線が過去の自分とはまるで違うことを再確認した。

そして電車の窓に反射する美し過ぎる自分に見惚れて恍惚状態のまま、あっという間に上野駅に到着した。

“幸せ過ぎる”

ただ美容室から上野駅まで帰ってきただけなのに。

まだ何も大きな出来事は起きていないのに。

祐子はそう強く実感していた。

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