国連の動きに先立つ形で、「人間の幸福」という視点から社会変革を進めようとしたのが宇沢弘文です。数理経済学で優れた業績を残して、「日本人でノーベル経済学賞に最も近い」と言われた宇沢ですが、シカゴ大学で同僚だった新自由主義のミルトン・フリードマンと激しく対立し、アメリカを去ることになりました。
同時に、マルクス主義や社会主義についても、計画経済が社会を不安定化し環境破壊につながること、そしてソ連の覇権主義や官僚体制が人間性を否定するものであることを厳しく批判しました。
「社会的共通資本」を構想
このように、宇沢は資本主義と社会主義の現実を比較し、資本主義という仕組みをスタートラインに据えたうえで、市場万能主義を排し、市場取引の対象にすべきでも国の管理下に置くべきでもない「社会的共通資本」というものを構想しました。
それは、「1つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」です。
宇沢は以下の3つを、その具体的内容として挙げています。
②社会的インフラ(道路、橋、鉄道、上・下水道、電力・ガス)
③制度資本(教育、医療、金融、司法、文化)
こうした宇沢の経済学は、国連のSDGsの思想につながるものだと考えられます。
残念ながら宇沢の経済学に後継者はいませんでしたが、東京大学のゼミで彼の指導を受けた同大学名誉教授の岩井克人がその精神を引き継ぎ、『ヴェニスの商人の資本論』や『会社はだれのものか』など、多くの著作や講演で、資本主義に内在する不平等や経営倫理の問題を取り上げています。
また、アメリカで宇沢の薫陶を受けたコロンビア大学教授でノーベル経済学賞を受賞しているジョセフ・スティグリッツは、市場原理主義的な考えに異を唱え、『スティグリッツ Progressive Capitalism(プログレッシブ キャピタリズム)』の中で、大多数の国民が上位1%の富裕層から置き去りにされている現状を是正し、万人を幸福にするための「進歩的資本主義」というモデルを提示しています。
マルクスの研究成果は『資本論』にとどまらず、現在、彼の死後に残された膨大な著作、原稿、草稿、メモ、手紙などを整理するMEGA(Marx-Engels-Gesamtausgabe)プロジェクトが進行中ですが、宇沢にも大量の未整理の論文が残されています。
これらの整理は、宇沢国際学館を主催する占部氏と、市民講座で宇沢の講演を聴いたことをきっかけに数学から経済学に転身した帝京大学教授の小島寛之によって行われています。その他、ゲーム理論を専門とする大阪大学教授の安田洋祐が、宇沢経済学をもうひとつの研究テーマとして、市場がもたらす不均衡の問題に取り組んでいます。
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