ガイトナー長官の舵取りは大失敗か、危機管理の勝利か
しかし、その後、連邦政府の累積赤字額が数年以内にGDPと同規模に達しようという状況に直面、米国債の信用格付けが引き下げられるという、以前なら考えられなかった事態も起こった。彼の実像とは、いったいどんなものだろうか。
ガイトナーには、ハーバード大学のラリー・サマーズの影響が強い。ガイトナーは1990年代後半の財務省でまずサマーズの下で、次いでロバート・ルービンの下で働いた。
民主党は、純粋な再分配政策から、財界寄りの政策を取り入れて、成長と社会正義実現の両方を目指す方向へと転換したが、ガイトナーもその影響を強く受けた。とりわけルービンは、社会正義と成長重視の融合を象徴する。ガイトナーは、ルービンの路線を心底から支持してきた。
ルービンは、サマーズおよびアラン・グリーンスパンFRB議長とともに、米国金融市場の規制緩和を支持した。この点に関し、多くの人々が、規制緩和の濫用がのちに金融システムを崩壊寸前にまで追いやる下地を作った、と指摘している。ガイトナーは、この規制緩和で事実上の参謀役を果たした。
ガイトナーは、ニューヨーク連銀総裁に就任すると、デリバティブ拡大に懸念を抱き、デリバティブはゆくゆく金融制度を揺るがしかねないと警告した。だが、この警告は、規制当局者からの厳しい要求というより友好的な指摘と受け止められた。
90年代後半、商品先物取引委員会のブルックスリー・ボーン委員長がデリバティブを規制の対象にしようと試みたことがあったが、これには財務省のルービン、サマーズとFRBのグリーンスパンが猛烈に反対した。このとき、皮肉なことにガイトナーは財務省のキーマンだった。