NHK「燕は戻ってこない」えげつないのに深いワケ 女性の貧困、代理母を描いた話題作を読み解く

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リキのセフレ的な日高は、妻が妊娠中に職場の部下のリキに迫っただらしない人物。久しぶりに会ったリキとの関係を復活させようとする。発言がいちいちキモいのだが、悪意やてらいが全然ない。たぶん、家に帰れば子どもに甘い父親なのだろう。

ダイキは申し分なく優しい人で、リキがはじめて和めた男性ではあるものの、生活のために不特定多数の女性相手に商売をしている。この点を許容できない視聴者もいるだろう。それは代理母に疑問を感じる人がいることと同じである。

裕福な者も貧しい者も、誰も彼も平等にどこか卑しく、そこには優劣がない。人間みんなどこか愚かしいものなのだと突きつけられてむしろ痛快だ。

この世界はまるで、りりこの描く、あっけらかんとしてどこかユーモラスな性行為の画のようである。彼女は恋愛感情や性欲がなく、家族制度から抜け落ちる本当のアンチであり、だからこそ世の常識に疑問を投げかけていかないといけないと考えている(原作では「アセクシュアル」の言葉を使用しているがドラマでは使用されていなかった)。

世の中にはいろいろな人がいて、正解はない。そう語るのは簡単だが、その個性のいいところも困ったところも、1人ひとり丹念に描かれている。

燕は戻ってこない
帰郷した先で再開した、元不倫相手の日高(戸次重幸、写真左)。リキは基への腹いせに寝てしまう(画像:NHK『燕は戻ってこない』公式サイトより)

ドラマ後半につれて魅力が増してきたキャラ

筆者的には、リキの不倫相手の日高の悪気なく卑俗すぎるところが、戸次重幸の清潔そうな見た目と落差があって最高なのだが(身近にいたら絶対にいやだが)、後半ぐっと追い上げてきたキャラがいる。メソッドで生きている千味子である。

ひどいつわりに苦しめられ部屋で倒れているリキを、テキパキと世話をしながら、妊娠もバレエもメソッド(方法論)が大事なのだと、千味子は自信満々に言う。

「人間は何世代もかけて完璧なメソッドを生み出してきた」と名言を吐きながら、自分が完璧と思っていた草桶家のメソッドが壊れたと嘆く。

悠子の出現で出産できたはずの前妻を失ったすえ、大金を出して(リキに1000万円、代理母を斡旋している生殖医療エージェント・プランテに1000万円の計2000万円を千味子が支払うのだ)、代理母に頼るしかないことを口惜しいと考えている。

千味子は単に息子にべったりの毒母キャラではない。リキに出産メソッドを伝授したりするところなど意外とやさしい人に見えて、それが後にたちまち翻る。悠子に「あれは違う人種よ」とリキのことを見下すように評するのだ。

ただ、リキが貧しくて教養がないことを蔑むのではなく、努力しないで甘えて、育ちのせいにしていることへの非難なのだ。そして「どうしようもない人間に私たちはすがっている」と自分たちのことも蔑む。完璧だったメソッド人生がメソッドなき人間によって支えられることになり、千味子のプライドが揺さぶられる。

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