市内でも比較的大きな規模で事業を展開していますが、私たちには少々風当たりが強く、いわゆるアンチ・コカ・コーラのお店です。その日は雨も降っているので、注文の製品をトラックから降ろし、お腹に抱えながら足早に倉庫へと運び入れました。
事務所の入り口でいつものように事務員さんに伝票を渡そうとしていたそのとき、奥から社長が私を呼びます。
「おい、こっちに来てくれるか」
少し躊躇する私。なぜなら私は全身ずぶ濡れ状態です。水滴が床を濡らしてしまうと掃除するのが大変ですから。
「はい。いえ……、ここで……」と言い終わらぬうちに「何をしているんだ。早く来い」との次の声が飛びます。
私は社長の言葉のまま彼のデスクの前まで進みます。
「君がこの前から勧めてくれていた自販機の件だが、あれ、買うことにしたよ。契約するから用意してくれるか」
「はあぁ」と私。なんとも狐につままれたような話です。これまで何度も提案書をつくって勧めていたのですが、けんもほろろの状態で取り付く島もありませんでした。
わしはそういう人間と商売がしたい
私たちの会社の条件は他社のものより大きく見劣りし、ましてや社長は我々のアンチです。ときには厳しい口調で「あんたのところは……」と説教めいた話も聞かされます。動揺している私に社長が続けます。
「わしの席からは窓越しに配達する業者の様子が見えるんじゃが、君は商品が雨に濡れないようにとお腹に抱えて持ってきた。ところが、他の会社の配達は商品を雨除け代わりに頭の上にして、倉庫に運び入れているじゃないか。それは商品を大事にしていないどころか、わしら取引先のことを大切に思っていないということじゃ。君は商品が雨に濡れないようにと大事に抱えて持ってきた。わしはそういう人間と商売がしたいんじゃ」
事務員さんが横からタオルを渡してくれました。
「まぁ、ずぶ濡れねぇ。風邪を引かないようにね」
私の目からは大粒の涙がこぼれていましたが、気づかれないように頭からしたたる水滴を拭き取りながらタオルに顔をうずめました。
稲盛和夫さんがよく仰っていた「敬天愛人」という西郷隆盛の言葉があります。これは「日ごろから修養を怠らず、天を敬い、人を愛する境地に到達することが大切である」ということを説いています。
私たちは、「お店を敬い、自分たちの商品を愛する」という「敬店愛品」という言葉を使っていました。この思いこそが営業です。それを人は必ず見ています。
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