原発「自主避難者」住宅の無償提供が打ち切り 福島県「17年3月まで」発表に広がる波紋
「うるせぇ! 帰るところがあるヤツは、帰れ!」
スポーツセンターの広いロビーに、初老の男性の怒号が響いた。身をすくめる子どもたち。言葉を向けられた河井加緒理さん(33)も咄嗟(とっさ)に返す言葉がない。
「私たちは、認められない存在なんだ……」
そう自覚した瞬間だった。2011年3月下旬。栃木県内のスポーツセンターでのことだ。
東日本大震災に伴う原発事故からの避難者が身を寄せていた。誰もが同様の境遇なら、冒頭の発言はなかったかもしれない。だが、避難者は政府による避難指示の有無によって、自宅に帰りたくても帰れない「強制避難者」と、物理的には帰ることが可能だが避難を選んだ「自主避難者」に二分されていた。
「原発が爆発して、安全なはずがない」
と、当時5歳と3歳の子どもを連れて福島県いわき市の自宅を出発、この避難所へ来た河井さんは、後者だった。
1カ月後の4月に埼玉県へ。現在まで、災害救助法に基づく福島県による住宅の無償提供を受けて公営住宅に暮らしてきた。その無償提供が16年度いっぱいで打ち切られる。河井さんは言う。
「このままでは、追いつめられた親は子どもと路上生活するしかない。『もう大丈夫。ありがとう』と言える日まで、家を追い出さないでほしい」