適切な政策評価のためGDP推計方法の開示を
本来GDP(国内総生産)統計は一国の経済統計のアンカーをなすべきものだ。発表される月次の経済指標が蓄積され、経済の姿が徐々に浮かび上がり、最後にGDP統計の発表で、当該四半期の経済の大まかな全体像が確認される。しかし、日本の統計事情はこれとは異なる。
まずGDP速報値はそれ以前に発表される経済統計と方向性の異なることがよくある。続いて1ヵ月後に発表されるGDP改定値は、速報値とまったく異なることも多い。さらに翌年末に発表されるGDP確報値では、各四半期の成長率のプラス、マイナスの符号が入れ替わることも珍しくない。
そんな経済データに振り回されエコノミストはお気の毒、と笑って済ませられる話ではない。問題は、正確とは言えない速報値を基に政策決定がなされ、場合によっては多大な財政資金が追加財政として費消されることだ。さらにデータが改訂されると、速報値など改定前のデータは上書きされて後に残らないため、経済政策をレビューする際、確報値が使われる。これでは適切な政策評価が行えない。データに基づいた政策の重要性が謳われるが、データそのものの信憑性が問題なのだ。
本書は、これまで取り上げられることが少なかった経済データの速報値と確報値の問題を、政策決定の視点から分析したものだ。たいへんに有意義な分析だ。リアルタイム・データの蓄積が急務であること、計測誤差があまりに大きく、速報値がどのように改定されるか予測困難であるため、統計データの作成法を含めGDPの推計方法の開示を進める必要があることなどを説く。全面的に賛成する。
評者は常々、マクロ経済政策としての財政政策に批判的だが、それは乗数効果が低下したと考えるからだけではない。そもそも大規模な追加財政を策定してもその執行が困難になっている。GDP速報値や改定値では、編成された補正予算に基づき着工や受注が増えると機械的に公共投資も増える。現実には公共工事の執行能力に限りがあるため、決算書が反映される確報値では下方修正される。さらに問題なのは、本書の分析で示されるとおり、景気の振幅を均(なら)すはずの追加財政が、必ずしもそうはなっていないことである。確報値で見ると、景気がよいときに追加財政で景気をさらに嵩(かさ)上げし、景気減速時に緊縮財政で落ち込みをさらに増幅することも頻繁に生じている。
わが国の政策運営は、視界の悪い悪路を、バックミラーだけを頼りにドライブしているようなものである。経済対策にお金をかける前に、統計整備にお金をかけるのが急務ではないか。
目次 | ||||
経済データと政策決定 | ||||
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序 章 |
「リアルタイムデータ」とは何か | ||
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第1章 | マクロ統計データの不確実性 | |||
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第2章 |
1990年代の財政拡張政策の効果 ――政策効果は低下したのか |
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第3章 |
政策スタンスからみた財政政策 | |||
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第4章 |
認知のラグの影響 ――消費税増税における駆け込み需要と反動減は予測できない |
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第5章 |
不確実性の高まりとゼロ金利政策の解除をめぐって | |||
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第6章 |
消費者物価指数の基準改定と予測可能性 ――2006年8月のCPIショック |
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第7章 |
データ改定のもとで予測をどのように行うのか | |||
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終 章 |
リアルタイムの政策評価 | |||
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小巻泰之(こまき・やすゆき)
日本大学経済学部教授。1962年京都生まれ。関西学院大学法学部を卒業。筑波大学大学院博士課程を単位取得退学。ニッセイ基礎研究所、大蔵省財政金融研究所客員研究員などを経る。共著に『期待形成の異質性とマクロ経済政策』など。
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