「加賀屋」50歳の元若女将が選んだ"第2の人生" 震災からの復興への道、仕事術について聞く
表看板の「顔」としての接客から、スタッフの統括、設備や料理内容の管理まで「女将業」の中身は実に多岐にわたる。働くうえで何に重きを置いているのか。絵里香さんに尋ねると、すぐにこんな答えが返ってきた。
「最前線で働く人の苦しみや悩みを取り除いていくことが女将の仕事。それが、経営者の仕事ナンバーワンだと思っています」
つるやの経営を引き継いだ初日のこと。この職場がどう変わるのか、どう変えてくれるのか、不安ながらもワクワク感のほうが上回る従業員たちの雰囲気を、絵里香さんは全身で感じ取っていた。
「1人で指揮棒を振ったところできれいな音なんて出せるわけがない。私1人の力では何もできないって、加賀屋で痛いほどわかっていましたから。いちばん大事なことは、いかに1人ひとりの自分ごとにしていけるか。個が主役になってはじめて、調和のとれたオーケストラになりますから」
感性が向くところ、得意なことを探りながら、あなたがいるべき場所はここ、あなたの仕事はこれ、と役割を示していく。反対に、私の苦手な部分はカバーしてほしいと助けを求めた。
すると「これやっていいですか?」という確認が、「これやりたいんですけど」という提案に変わっていく。そのプロセスに至る最初のきっかけを、女将が、揺り起こす。
「先輩をみて、感性を磨く。喜ばれて、ありがとうと言われ、そこに感動や成長が生まれる。それをかなえるのは結局、日々の繰り返しの訓練と鍛錬しかないのだけれど」
相手は人間だから面白い
旅人に、文豪や皇族、役者、政治家など、時代をつくり彩った人々をも惹きつけてきた、老舗の温泉旅館。訪れる人、迎え入れる人、価値の中心に「人」がいて、その佇まいや風情、ふるまいの洗練された姿が、日本の伝統文化そのものになった。
「今日の対応はあれで正解だったのかな、こないだはよかったのに、今回はどうしてうまくいかないんだろうって、本当にいつも考えています。答えが出ると思ったら、出ない。やっぱり相手は人間ですから、当然ですよね。答えがない。だからおもしろいんです」
テクノロジーの進化をいかに取り込むか、競争を強いられるような時代環境にあっても、人を慮り、機微に触れ、粋に感じられる心遣いの担い手を生かし、育てていくことは、どこまでも「人間の領域」であるはずだ。
「きっと、役割があるのかな」と絵里香女将は語った。
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