岩手県が絶滅危惧種イヌワシの生息地を公開の訳 巨大風車群の建設ラッシュ対策で練りだした秘策

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2022年10月、イヌワシの餌場となる草地空間を作ろうと、森林整備に取り組む保護団体の人たち(提供:日本野鳥の会もりおか)

初めての列状間伐は、1998年と1999年の9月に実施。1999年の5月から列状間伐の2~3年後にかけ、由井博士らは間伐地でノウサギのフンを数える調査を行った。

その結果、列状間伐を行った伐採区間は、フンの密度が伐採していない林内に比べ、12~16倍もあった。ノウサギの密度に換算すると、列状間伐前に比べ、ここの造林地全体の平均で7.5倍になった。2013年には、近くに営巣するイヌワシのペアが繁殖に成功したことが確認されたという。

日本野鳥の会もりおかなど保護団体の人たちは、この26年の間、秋になるとボランティア活動で列状間伐やその後の刈払いなど森林整備を行い、イヌワシが生き続ける環境を創り出してきた。その取り組みは国有林や県有林にも波及し、全国にも広がりつつある。

北上高地に押し寄せてきた風力発電事業

岩手県内の風力発電事業の計画は、2年前まで北部に集中していた。しかし、北上高地の西端にある盛岡市内で「姫神ウィンドパーク事業」が2019年4月に運転を開始したとき、日本野鳥の会もりおかのメンバーは、「イヌワシの生息地である北上高地に風車が林立するのではないか」と危惧した。

姫神ウィンドパークには、9基の風車が並ぶ。北上高地への風車群の進出の先駆けとなった(撮影:河野博子)

その杞憂が現実となり、その後、姫神ウィンドパークに近い北上高地に風力発電事業が続々と計画され、環境アセス手続きに入っている。風車は、姫神ウィンドパークの場合は高さが100mちょっとだが、最近は巨大化している。

現在、環境アセス手続き中の事業では、当初計画で、高さが最大249mの風車を22~40基建てる(盛岡薮川風力発電事業)、高さ152.5~219mの風車を38~55基建てる(薮川地区風力発電事業)などがある。

岩手県の「イヌワシの重要な生息地(レッドゾーン)公表」を受け、佐賀さんは「円滑な環境アセス手続きを図ろうとする県の意図は理解します。ただ、イヌワシに限らず希少な動植物種は、レッドゾーン、イエローゾーン以外の区域にも生息しているので、環境アセス手続きでは、これまで以上に丁寧な調査と適切な影響評価を期待したい」と話している。

一方、風力発電事業者側はどう受け止めているのだろうか。「岩手県の発表内容について確認中」(グリーンパワーインベストメント)という
事業者が多い。レッドゾーン、イエローゾーンの設定は制度の性格上、行政指導の延長にすぎず、事業者に対して強制力があるわけではない。

しかし、自然環境保全や生物多様性の維持については、世界的に重要性が浸透してきており、民間事業者によるビジネスの評価を左右するようになってきた。

行政指導とはいえ、事業者の協力が得られるのか。あるいは、あまり効果がなく、希少動物の詳細な生息域の公表により、望遠レンズ付きのカメラや三脚を担いだ人たちを呼び寄せてしまうのか。全国初の取り組みの結果が気になる。

河野 博子 ジャーナリスト

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こうの ひろこ / Hiroko Kono

早稲田大学政治経済学部卒、アメリカ・コーネル大学で修士号(国際開発論)取得。1979年に読売新聞社に入り、社会部次長、ニューヨーク支局長を経て2005年から編集委員。2018年2月退社。地球環境戦略研究機関シニアフェロー。著書に『アメリカの原理主義』(集英社新書)、『里地里山エネルギー』(中公新書ラクレ)など。2021年4月から大正大学客員教授。

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