カギは「LLM」、完全自動運転を目指す大実験の中身 半導体チップも自前で開発するTuringの挑戦

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ただ、英語圏で学習したGPTなどは、日本の交通環境に関する情報や交通常識が欠落している。自動運転で活用する以上、国ごとの交通常識などを身に付ける必要がある。Turingでは、マルチモーダル開発ツール「Heron」で学習を行う同社独自のLLMの開発を続ける。

LLMで完全自動運転を達成するためには、それ専用の半導体チップも必要となってくる。そこでTuringは2023年12月、半導体チップと車載用LLMアクセラレーターを開発するチームを発足させた。

TuringのLLMを活用した自動運転の実験の様子
音声を認識し、どういうアクションをするべきか推論する(写真:Turing)

半導体の自社製造を決めた背景には、車ならではの制約があることが大きい。

例えばスマホでChatGPTを使う場合、基本的にはネットワークを介して通信を行う仕組みになっており、応答までに数秒のラグがある状態だ。チャットボットの応答なら数秒のラグがあっても問題ないが、時速100km(1秒間で約30メートル)で進むような車では、そのラグは致命的となる。

また、車は夏場に70℃を超えたり、冬には氷点下になったりすることもある。このような環境下では、普通のサーバー用の半導体チップはまるで動かない。さらにGPUに使われるメモリーは振動や電磁波に弱く、通常のGPUでは運転中の振動により壊れてしまう。

エヌビディアも車載向けGPUなどを出しているが、サーバー向けのハイエンドなGPUに比べると性能が10分の1になってしまうという。これでは自動運転で1秒間に10回など推論させるとなると、スピードが追いつかない。そうした欠点を埋めるためにも、自分たちで専用の半導体を作るしかないという決定に至った。

世間に受け入れられるためのハードル

Turingが開発している半導体は、同社が作るAIモデルでしか動けないが、推論が速いという。既存技術の積み重ねで開発を進めており、具体的な性能の検証段階に入っている。

技術的な達成度合いを高めていったところで、完全自動運転が世間に受け入れられるためには、乗り越えなければならないハードルがある。倫理観の問題だ。

この先AIの精度がさらに向上しても、数学的に「100%」の正解を実現するのは難しく、自動運転での事故も0にできるとは言えない。

「例えば、人間による運転よりもAIだと事故率が10分の1になったらどうかなど、社会的に許容されるラインはどこになるのかを常に考えている。技術の積み重ねや法整備などに関する議論を進めつつ、世間の人に丁寧に説明していく必要がある」(山口氏)

Turingは、完全自動運転EVの量産開始の目標時期を2030年と定める。山口氏はこれを「スマホみたいな車」と表現する。

かつてAppleは、iPhoneをハードウェアだけじゃなく、ユーザー体験を考えたようなソフトウェアまで一貫して作ったことで、世界的な普及に成功した。Turingも、EVとAIモデルを垂直的に統合したかたちで開発を進め、自動車業界での革命を見据えている。

武山 隼大 東洋経済 記者

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たけやま はやた / Hayata Takeyama

岐阜県出身。東京外国語大学国際社会学部モンゴル語専攻卒。在学中に西モンゴル・ホブド大学に留学。2021年東洋経済新報社に入社し、現在ゲーム・玩具業界を担当。

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