3浪早大「一族から大卒者を」親の期待に抱く葛藤 福岡県の名門高校「修猷館」に進学したが…

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そして受験シーズンに臨んだ彼は、本命だった早稲田大学政治経済学部・商学部・教育学部の3学部を中心に、慶應の商学部、明治の政治経済学部と商学部、中央の商学部と計7つを受験します。

早稲田と慶應の商学部は落ちたそうですが、無事それ以外は合格をもらい、3浪の年齢で早稲田大学政治経済学部への進学が決まりました。

「合格発表は、高校の同級生3人と一緒に東京に見に行きました。中退して間もないころはまったく大学に行く気がおきなかったのに、受かった瞬間はめちゃくちゃ嬉しくて、泣いて喜びましたね。自分も、親にも”諦めてもらう”ために勉強していたので、まさか早稲田政経に合格できるようになるとは夢にも思いませんでした。

受験前に父ちゃんに『早稲田の政経受かるかもしれん』と伝えたら信じられなかったようで、『お前が受かったらヘリコプター買ってやるよ』と言っていましたが、結局受かってからも、その約束はかなえられていません(笑)」

読売新聞社に入社し、12年勤務

3浪の年齢で早稲田に入った澤木さんは、「大隈講堂を見るのが大好きだった」と語るように大学生活を2年留年するなど満喫します。

27歳で読売新聞社に入社して12年勤務したのち、スペイン料理屋とトンカツ屋で4年間修業し、2019年1月に新橋で串揚げ専門店「新橋串揚げの店 夏色」をオープンしました。

濱井正吾 浪人 串揚げ専門店 夏色
澤木さんのお店、串揚げ専門店 夏色(写真:澤木さん提供)

「西荻窪で1人暮らしを始めて、サッカーサークルに入ったり、ドミノ・ピザでアルバイトをしたりしていました。早稲田には6年いましたが、真面目な人の1年分も通わなかったと思います(笑)。

最後の年も40単位残っていたのですが、もしかしたら卒業できるかもしれないと思い、2浪2留の友達と就活を一緒にしていたら、読売新聞から内定が出たので千載一遇のチャンスだと思って必死に勉強して卒業しました。

卒業できるか、留年するかが決まる最後の成績発表の日、当時の彼女と2人で発表を見に行って『卒業できたー!』と喜んだのはよく覚えていますね。その日のうちにマンションを探しに行って、2人で生活するようになって、その年に結婚しました」

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