ひとまず、この日の避難先は確保できた。 妻子を迎えに祖父宅へ歩いて戻る。 途中、陥没した道に差しかかる黒のSUVが見えた。 とっさに「危ないですよ!」と声をかけたが、聞こえない。 穴の手前にあった隆起した道路の破片に乗り上げ、「ドスン」という音と共に車体がバウンドする。 そのまま走り去っていったが、タイヤがパンクしていないことを祈るばかりだ。
祖父宅へ着き、妻子と共に父が運転する車へ乗り込む。 壊れた道路を迂回しながら、ホテルまで送ってもらった。 食料確保のためにコンビニへ立ち寄ると、店内は買い物客であふれかえっていた。 棚は倒れ、床にはペットボトルや酒類の瓶が散乱し、人々は無事そうなものを拾って競うようにカゴへ放り込む。 パンやおにぎり、お惣菜はほとんど残っていなかった。
しかたなくカップラーメンや魚肉ソーセージを持てるだけ手に取る。 レジは動かず、女性店員は「お代はお気持ちだけで結構です」と小さなカゴを差し出す。 そこには紙幣が何枚も折り重なっていた。 筆者は財布から1万円札を取り出し、「お釣りはいりません」と手渡した。 「こんなに受け取れません」。女性はそう言って、小カゴから5千円札1枚と千円札2枚を引っ張り出し、筆者の手に握らせた。
小さな揺れが何度も襲ってくる
妻に抱かれた娘の姿を認めると、女性はまだ温かい肉まんとあんまんを紙に包んでビニール袋に入れてくれた。 ホテルで通された部屋は6階。 エレベーターは停止していて、非常階段を登って向かった。 ようやく一息つき、セミダブルのベッドへ娘を寝かせた。 不安なのか、少しでも離れると泣き叫ぶ。首の下に腕をまわし、両手を握っていないと落ち着かない。
「もう大丈夫だよ」と語りかけていると、いつしか娘は眠りに落ちた。 叔父からLINEで金沢市の自宅へ着いたと連絡があった。 従兄弟が集めていたガンダムのプラモデルが壊れたぐらいで、大きな被害はなかったという。 父と祖父母は自宅へ戻った。妻がホテルへ来いと誘ったが聞かない。 しかたないので、肉まんをかじった後、筆者は妻と娘と3人、川の字で横になった。
震度3ほどの小さな揺れが何度も襲ってくる。 その度に筆者や妻が娘に覆い被さり、その小さな手を握る。 救急車や消防車のものとみられるサイレンも夜通し鳴り響いていた。 ほとんど寝られないまま夜明けを迎えた。顔を洗いたいが、水道から水は出ない。しかたなくテレビをつける。 明らかになりつつある被害の全貌をNHKのニュースで知り、呆然とする。 今はただ、これ以上の犠牲者が出ないことを祈るしかできない。
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