思春期の「校則格差」が招く自己効力感の二極化 学校のプロが「学校に染まるな」と言う理由

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完全に抑圧されて自ら蜂起する契機が望めない学校においてはまわりの大人がきっかけをつくってあげる必要があるかもしれません。でも、もし生徒たちが自分たちの置かれた状況に自覚的であり、自分たちで問題提起することができるのなら、生徒主導で動いたほうが、校則が変わるという結果のみならず、そのプロセスにおいて生徒たちが学べることが多くなるだろうと思います。

いわば、近代ヨーロッパで起きた市民革命の追体験です。与えられた自由ではなく、勝ち取った自由は、自分たちの誇りとして、生き続けます。それを手に入れる行程がいかに険しいかを実感しているからこそ、大切に守り続けようとします。それを犯すものへの警戒心も育ちます。

中高時代にそのような経験を積んだひとたちが大人になってつくる社会は、自分の自由を守り、他人の自由も守ろうとする社会になるはずです。

高校紛争の結果としての二極化

公立であれ私立であれ、いわゆる名門校には制服がない学校も多いですよね。一般には、偏差値が高い子どもたちだから自由を与えても秩序が保たれているだけで、偏差値が低い学校で同じことをしたら学校が荒れるといわれています。それって、とんだ偏差値信仰あるいは偏差値差別だと私は思います。

私はいろいろなタイプの学校を取材で訪れますが、偏差値が高かろうが低かろうが、いい学校の生徒たちはキラキラと輝いています。逆にいうと、生徒たちがのびのびとしていてキラキラと輝いて見える学校を、偏差値に関係なく、私はいい学校と呼んでいます。

なのに偏差値帯によってあたかも生徒たちの人格的質まで違うかのように思われるようになったのには、おそらく1970年前後の高校紛争が影響しています。

大学で学生運動が盛んになって、1969年には東大で学生と警察が激しく衝突する安田講堂事件が起きました。その熱が、全国各地の高校にも飛び火します。高校生たちはときに学校内にバリケードを築き、頭髪規定や制服・校帽の撤廃、校則の自由化などを求めて教員とぶつかりました。

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