ローカル列車から特急まで「国鉄型気動車」の軌跡 日本の鉄道近代化を支えた懐かしの車両たち
四国のキハ181系はJR化後、白地に水色のJR四国カラーとなって活躍した。瀬戸大橋開業前の本四備讃線(瀬戸大橋線)の公式報道試乗会でもキハ181系が使用され、橋上で一時停車して公式記録写真の「フォトストップ」の栄誉に輝いた。現場に立ち会った筆者も感慨ひとしおのものがあった。
ここまで1950~1970年代の国鉄気動車を取り上げてきたが、国鉄末期に製造されJR各社で今も現役で走り続けている気動車もある。
キハ183系は、キハ82系に代わる北海道の特急気動車として1980年に試作車が登場、1981年10月に量産車が導入され「おおぞら」「北斗」などで運転を開始した。この気動車はすでに過去帳入りしている。
国鉄最後の特急型車両となったキハ185系は四国向けとして誕生した。「南風」「しおかぜ」や「剣山」「むろと」などに使用されたが、JR四国では民営化後に開発した2000系が主力となり、1992年には余剰車がJR九州に譲渡されるなど脇役的存在となった。予讃線では普通列車にも使用されており、その去就も鉄道ファンの間の話題になっている。
鉄道ファン注目のキハ40系
さて、今「撮り鉄」の間で話題沸騰なのがキハ40系であるが、北海道では終焉も近いということで、ブームはこれからも続くと思われる。仔細は機会を改めて述べるとするが、ざっと経緯だけ取り上げたい。
キハ40系は国鉄が1977~1982年にかけて製造したローカル線向け気動車だ。両側に運転台があり片開きドアのキハ40形、運転台が片側のみで両開きドアのキハ47形、運転台が片側のみで片開きドアのキハ48形の3形式からなるグループで、合計888両が製造され北海道から九州まで全国津々浦々のローカル線で活躍してきた。いずれにしても国鉄が生んだ傑作気動車であることは間違いない。
ざっと駆け足で国鉄の気動車を振り返ったが、キハ40系については取り上げれば枚挙にいとまがないほどで、敬意を表す意味で改めて筆者の「キハ・ライブラリー」から別途お届けしたいと思う。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら