膠着状態のウクライナ戦争・2024年はどうなるか アメリカの国益と衝突するウクライナ

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ウクライナ側には不満と、「なぜ」という疑問が残った。

なぜバイデン政権はプーチン政権の敗北と、それにともなう崩壊を望まないのか。その根っこには、国連安保理常任理事国である米ロ英仏中の5カ国(P5)のみが拒否権を有する戦後の国際秩序の根幹部分を破壊したくない、との強い願望があると筆者は考える。

2023年6月の故プリゴジン氏の反乱事件でプーチン政権が窮地に陥った際、アメリカが最も懸念したのは、政権崩壊によりロシア軍の核兵器管理が危うくなることだった。

さらに最近、アメリカが今のP5体制維持を必要とする要因が1つ増えた。イスラエル・ハマス戦争だ。

停戦協議が行われている?

イスラエルを支援するバイデン政権は、拒否権を行使することで、停戦を求める各国から高まる国際的圧力をかわしているのが実情だ。侵攻でロシアを批判し、ウクライナを支援するアメリカだが、P5体制の維持が、より根幹的国益になっている。

こうしたバイデン政権の対ウクライナ戦略に批判を続けているベン・ホッジス元駐欧州米陸軍司令官は最近も「バイデン政権はウクライナの戦勝に十分コミットしていない」と厳しく批判した。

ウクライナでは戦況の膠着化を受けて、2024年の米欧からの支援の見通しについて悲観的な見方も出ている。

先述した軍事筋は「米欧の同志国から、紛争を凍結して、停戦協議を始めようとの要請は現時点で来ていない」としつつも、「どこかの首都で停戦話が密かに語られ始めている可能性はある」と警戒する。

このまま紛争を凍結し、ウクライナにロシアとの停戦交渉に応じるよう求めることに筆者は強く反対する。

停戦になれば、一時的に戦闘はやむ。しかしロシア軍が侵攻での経験を生かして今後、軍事力を整備し、再びウクライナへの侵攻を図るまでの時間的余裕を与えるだけになる恐れがあるからだ。一度始めたことを最後までやり抜く指導者。これが、ロシア国民が支持するプーチン像である。

凍結論に関連して思い出すのは、2023年11月末に亡くなったアメリカのキッシンジャー元国務長官の発言だ。2023年2月、両国の国境線を今回の侵攻開始前に戻し、停戦交渉を開始すべきとの考えを表明した。

当時、ロシア軍が、1991年のソ連崩壊時の国境線までの回復を目指すウクライナ軍に押されていた状況を考えると、プーチン政権寄りの提言だったと言える。いかにも、米ソ冷戦時代に、両超大国間の妥協を基礎に国際秩序の安定を図った同氏らしい提言だった。

しかし、今回のウクライナ戦争は一方的に侵攻したロシアにのみ責任がある。日本を含む西側は工夫を重ねてウクライナへの支援を続けるべきである。被侵略国である非大国、ウクライナの立場を尊重する行動こそ、キッシンジャー的な20世紀型秩序から、21世紀の新たな国際秩序の模索に道を開くだろう。

一方で、2024年11月に大統領選を控えるバイデン大統領としても、選挙戦中に「ウクライナを敗北させた」と共和党から批判される事態は避けたいところだろう。その意味で、「暗黙の戦略」をどう維持するのか、バイデン政権も来年、ぎりぎりの舵取りを迫られるだろう。

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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