しかし、このワシントン・ポスト記事では、最も重要な要素が欠落している。軍事的要因以外の戦況膠着をもたらした最大の要因について触れていなかったのだ。それは、上記した「外交的、地政学的要因」である。
バイデン政権の暗黙の戦略
具体的には、ウクライナ軍を戦場で負けさせない一方で、ロシア軍にはプーチン政権が倒れるほどの大敗北も与えないというバイデン政権の暗黙の戦略のことである。
その暗黙の戦略が浮上してきたのは2022年末である。ウクライナ軍が東部ハリコフ州を奪還したのに続いて、南部ヘルソン州の州都ヘルソンも奪還。ゼレンスキー政権が、勝利感で最も高揚していた時期である。
勢いに乗ったウクライナ軍がザポリージャ州などでも本格的攻撃を始めるとみられていた。ウクライナの軍事筋によると、非公式の場でアメリカ政府高官は、軍事的に押されていたプーチン政権が倒れることに対し、この時すでに懸念を表明し始めた。
2023年に入り、この暗黙の戦略が大規模な反攻作戦の準備を進めていたウクライナ軍の攻撃能力強化にブレーキをかけ始めた。ウクライナ軍が航空からの地上支援の決め手として、強く求めていたF16戦闘機の供与はなかなか決まらなかったのだ。
バイデン大統領が2023年5月に欧州諸国による供与を認めたものの、パイロットの訓練が終わらず、いまだに欧州から届いていない。バイデン大統領が、欧州有力国に対し、反攻の結果、プーチン氏のメンツをつぶす事態は回避しなければならない、との意向を密かに伝え、各国を驚かせたのもこの5月のことだった。
アメリカはようやく2023年10月になってから、長射程の地対地ミサイルATACMSを供与した。しかしそのATACMSも、ウクライナが新たなゲームチェンジャーとして、希望していたタイプではなかった。
供与されたのは、射程150キロメートルで、破壊力が強力でないクラスター型だ。滑走路に修復可能な穴を開けたり、航空機に損傷を与える程度の能力しかなかった。
キーウが欲しかったのは、射程300キロメートルで「コンクリート・クラッシャー」と呼ばれた破壊力の強い単弾頭タイプだった。長さ18キロメートルの超巨大な構造物であるクリミア大橋を破壊するには、このタイプが必要だった。
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