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山手線でいちばんおめでたい?「恵比寿」駅名秘話 ルーツはビール工場、銘柄が周辺の地名に波及

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サッポロビールの恵比寿工場は手狭になったため、1988年に千葉県船橋市へ移転させ、跡地の再開発を実施。これが現在の恵比寿ガーデンプレイスとなっている。バブル景気の崩壊にも影響され、オープンは1994年になった。サッポロビールは、本社も銀座からここへ移している。

これに先立ち、恵比寿駅の貨物取り扱いは1982年に廃止。ビール輸送の歴史も終わった。跡地を生かして、1986年からJR東日本の発足を経て1990年までの間、カートレインが恵比寿を発着駅としている。

これは旅客と自家用車を同時に輸送する列車で、寝台車と自動車用の貨車を連結していた。全盛期には全国展開されており、恵比寿発着の列車は札幌市内の白石との間を結んだ。当初は人気が高かったが、自家用車の大型化に伴って積載できないサイズの車が増えたために客が離れ、現在は運転されていない。

ヒット曲で知られた「アメリカ橋」

恵比寿ガーデンプレイスと恵比寿駅の間は、歩行者専用の通路「恵比寿スカイウォーク」で結ばれている。恵比寿駅の駅ビル「アトレ恵比寿」の3階にある東口から、ほぼ水平に進める通路だが、出口では地平へと出る。それだけ、駅のあるところとの間に高低差があるのだ。

それゆえ恵比寿駅の目黒側には、何本か山手線、山手貨物線をまたぐ橋がある。そのうち、恵比寿スカイウォークの出口脇、もっとも駅に近いところに架かっているのが恵比寿南橋。通称「アメリカ橋」で、その名称も橋に掲げられている。

アメリカ橋の愛称が掲げられた恵比寿南橋(筆者撮影)
アメリカ橋から見下ろした山手線(筆者撮影)

ここは1979年に狩人がカバーしヒットした『アメリカ橋』により、広く知られるようになった。歌詞の通り、恵比寿駅と目黒駅の間(ただし恵比寿のほうがはるかに近い)にあり、下を山手線が走る、鉄製の青い橋だ。

アメリカ橋と呼ばれる由来は、もともとこの橋が、1904年に開かれたセントルイス万国博覧会の展示物であり、それを日本の鉄道作業局が買い取って、鉄製の橋のモデル橋として1906年に現在地に架設したことによる。

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