「スイスは時計とチョコしか作れない」の大誤解 日本人が知らない「スイスの製造業の正体」

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コンピュータや携帯電話の値段が、過去20~30年間でどれほど安くなったか、それと比較して理髪や外食の値段はどうだったかを考えてほしい。そのような相対的な価格の変化の影響を差し引いたら、国内の生産高に占める製造業の割合の低下は、ほとんどの富裕国(英国以外)で微々たるものであり、一部の国(スイス、スウェーデン、フィンランド)では逆にその割合は上昇さえしている。

製造業は技術革新の源泉

脱工業化論でいわれているのとは違い、工業製品を生産する能力に競争力があるかどうかは、今も、一国の生活水準を左右する最も重要な要素だ。

製造業に取って代わると考えられている生産性の高いサービス業─金融、運輸、業務サービスなど(例えば、コンサルティング、エンジニアリング、デザイン)─の多くは、製造部門がなかったら、存在しえない。

製造業がその主要な顧客だからだ。それらのサービスが「新しい」ように見えるのは、かつては製造業の企業内で手がけられていたものが(したがってその生産高は、製造業の生産高に計上されていた)、最近は、専門業者によって提供されるようになったからにすぎない(したがってその生産高は、サービス業の生産高に計上される)。

スイスやシンガポールなどのように、製造業が強い国はサービス業も強いのはそのためだ(ただし、サービス業が強いからといって、製造業も強いとは限らない)。

加えて、製造業は今も技術革新の大きな源泉だ。米国と英国では経済生産高に占める製造業の割合はわずか10%前後でありながら、研究開発の60~70%が製造業部門で行われている。ドイツや韓国など、もっと製造業の比重が大きい国ではその数字は80~90%にのぼる。

現在を脱工業化の時代と捉えるのは、米国と英国にとってはとりわけ有害だ。1980年代以降、両国は製造業部門をおろそかにしてきた。特に英国はそうだ。

その背景には、製造業の衰退は自国経済が工業化社会から脱工業化社会へ移行しようとしているよい兆候であるという幻想があった。この幻想は、製造業の衰退に対して無策だった政策立案者たちに、都合のいい言い訳を与えた。

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