「推し活ブーム」を鼻で笑う人に伝えたい社会変化 単身者の増加や孤独感だけが理由ではない

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自律性の回復は、幸福感や幸福度に直結している。ネオマーケティングが行った「推し活に関する調査」によると、推し活後(現在)と推し活前(過去)の自分自身の変化について尋ねたところ、「人生が豊かになった」(50.1%)「人生に充足感を感じるようになった」(45.4%)という回答が上位を占めた(*1)。

また、最近は、「推し活」を行うことで健康を高める効果がもたらされることが明らかになったとする論文も出ている(*2)。それによれば、「推し」活動が最も好影響をもたらしていたのは、「生きることが楽しくなった」と「日常生活が充実するようになった」の充実感と、「『推し』をみると疲労感が軽減するようになった」の身体的健康感で、9割以上の人が好影響を感じていたとしている。

「推し活」は幸福産業の一種?

今後、幸福や健康を動機とする「推し活」も増えることだろう。セラピーとしての「推し活」である。カウチに横たわって精神科医に何事かを語るよりも、リーズナブルで高い効果が得られるからだ(場所にとらわれないコンテンツのため即効性があり、日常のルーティーンに組み込むことができる)。そのように見てみると、「推し活」は、幸福感や幸福度という指数を重要視する幸福至上主義の時代における幸福産業の一種にも思えてくる。

バウマンの言う「コミュニティ経験」は、自分が選んだ世界の住人になるという自律性とともにあるが、あらゆるコンテンツには制作者と運営者という仕掛け人がいる。つまり、自律性を可能にする舞台をすべて市場が提供している。そもそも自律性の感覚は客観的なものではなく、主観的な経験によって形作られる。はたしてどこまでが自ら欲望したものなのか、そんな問いを立てた途端、自律性そのものがにわかに怪しくなってくるのだ。

とはいえ、そこで得られた関係性や感激は、癒しをもたらしてくれるのもまた事実である。電子的にも意識のうえでも「常時接続のコミュニティ」は、コンテンツがある限り続けられる半永久的なものといえる一方で、それ自体の熱気が廃れれば失われてしまう脆いものでしかない。けれども他の関係性が盤石かといえばまったくそうではない。むしろ「絆」という言葉に象徴される盤石そうに見える関係性が同じように脆いものになっている。

「推し活」に限らず、セラピー的消費は、いかに自律性を充足させるかが重要になっているといえるが、その自律性によって「コミュニティ経験」が得られる半面、動機の背後にある真の問題が置き去りにされる可能性がある。それは日々時間に追われる中で感じている心許なさや空虚さであり、経済指標や社会指標などで示される時代状況とは無関係ではありえないものだ。

わたしたちは、その危うい足元を自覚しつつ、社会の実相と向き合う必要があるだろう。 

(*1)「推し活に関する調査」株式会社ネオマーケティング
(*2)「推し」活動が人の健康に及ぼす影響/山口県立大学学術情報16巻看護栄養学部紀要/2023年3月
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真鍋 厚 評論家、著述家

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まなべ・あつし / Atsushi Manabe

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。 単著に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)。(写真撮影:長谷部ナオキチ)

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