手始めとして提案されているのは、人質の解放だ。ハマスは拘束している女性や子供や赤ん坊を全員解放し、それと引き換えに、イスラエルは拘置所に抑留している数十人のパレスティナ人女性や青少年を解放する。これは正義の行ないとなるのだろうか? いや、ならない。正義がなされるには、ハマスが拉致した人質全員をただちに無条件で解放する必要がある。それでもなお、この双方の部分的な解放は、鎮静化に向けた第一歩となるかもしれない。
パレスティナの一般市民がガザ地区を離れ、他国で安全を確保できるようにするという手もある。ガザ地区に隣接するエジプトは、率先してそうすることができるし、そうするべきでもある。だが、エジプトが救いの手を差し伸べられなかったら、イスラエルが自国内に、ガザ地区を追われた人々の避難所を用意することができるだろう。
ハマスがその目的を達するのを助けてはならない
パレスティナの一般市民を受け入れて保護しようという国が他になければ、まず赤十字が、ハマスに拘束されているイスラエル人の人質への接触の許可を得て、彼らの状態を確認する。それが済んだら、イスラエルが赤十字やその他の国際人道団体を促し、ガザ地区との境界の自国側に臨時の避難所を設置してもらい、ガザから逃れてきた人々を受け入れることが可能だろう。ハマスとの戦闘が続く間、それらの避難所にガザ地区からの女性や子供や退避中の入院患者を収容し、戦闘が終わったら、避難者はガザ地区に戻ればいい。
このような措置をとれば、イスラエルはパレスティナの一般市民の命を守るという道義的義務を果たすと同時に、戦闘地域に取り残される一般市民の数を減らして、イスラエル国防軍がハマスのテロリストに対する戦争を遂行するのを後押しできるだろう。
こうした手立ては、実現する可能性があるだろうか? それは定かではない。だが、以下のことはわかっている。戦争とは、代替手段による政治の継続だ。ハマスの政治的な目的は和平と国交正常化の機会を叩き潰すことであり、イスラエルの目的は和平の機会を維持することであるべきだ。だから私たちは、ハマスがその目的を達するのを助けてはならず、なんとしてもこの戦争に勝利しなくてはいけないのだ。
(訳・柴田裕之氏)
ユヴァル・ノア・ハラリ イスラエルの歴史学者、哲学者。ヘブライ大学教授。著書『サピエンス全史』『ホモ・デウス』、近著に『人類の物語 Unstoppable Us』シリーズなど(いずれも河出書房新社刊)。
*本寄稿文の英語版は、2023年10月19日、米ワシントンポスト紙に掲載された。
Copyright Yuval Noah Harari 2023(本寄稿文は、河出書房新社が日本語版権を取得しています)
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