クリミア攻撃の本格化で募るプーチンの憂鬱 2024年の大統領選に向けて権威失墜リスクも

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ウクライナが周到な準備を経て、黒海艦隊への大掛かりな攻撃を始めた背景には、2014年にロシアに一方的に併合されたクリミア半島の奪還という最終目標がある。黒海周辺におけるロシア軍最大の軍事力機構である黒海艦隊の戦力をさらに大幅にダウンさせ、これを背景に、プーチン政権に対し、クリミアからのロシア軍撤退をその後の交渉で強く迫る戦略だ。

その意味で、黒海艦隊攻撃と並んで、クリミア奪還戦略のもう1つの柱として、ウクライナ軍が見据えているのは、クリミア大橋への攻撃だ。

基地が密集しているクリミア半島は首都モスクワ以上に防空体制が厳重といわれる。黒海艦隊防衛と並んで、大橋周辺の防空も重要な任務だ。一連の攻撃でウクライナが、艦船だけでなく、防空レーダー網を攻撃対象にしているのは、そのためだ。

注目されるATACMS効果

ウクライナは2022年10月にトラック爆発事件を起こすなど橋への攻撃を再三行っている。しかし強力な防空網のため、ストームシャドーなどミサイルによる大規模な攻撃に踏み切れていない。このため、今後、防空網を大きく弱めることで、大橋に対し大規模攻撃を行い、ロシア本土との物資輸送ルートを寸断することを狙っている。

防空能力を弱めれば、ウクライナ軍は今後、西側から供与されるF16戦闘機を投入して、大橋を含め、クリミアを比較的容易に地上攻撃できるようになる。現在保有するロシア製戦闘機での攻撃も可能になる。そうなれば、クリミアを巡る軍事情勢が一変するのは確実だ。

ただ、大橋への本格的攻撃を巡っては、南部ザポリージャ州でのウクライナ軍の反攻作戦の進捗状況も絡んでくる。ウクライナ軍は10月末にも、アゾフ海沿岸に達することが可能と政府内で報告している。こうなれば、ロシア本土からアゾフ海沿岸を経由してクリミアに至る陸の回廊を寸断できる。

大橋への攻撃を巡っては、もう1つ新たな「変数」が出てきた。バイデン政権が9月末、これまで提供を渋っていた射程約300キロメートルの長射程ミサイル「ATACMS」を近く供与するとウクライナ側に伝えたことだ。

従来、ATACMSはクリミア大橋攻撃の決め手とされ、ウクライナ側もバイデン政権に供与を強く要請していた。しかし、供与第1弾のATACMSは当初想定されていた破壊力の大きい単一弾頭型ではなく、親弾頭が広範囲に子弾頭をばらまく「集束弾」タイプとなる見込みだ。

このタイプは、前線で部隊などに広く打撃を与える一方で、橋などの巨大な構造物に大きな穴を開けるなどの破壊力はないともいわれる。

ただ、アメリカ政府はATACMSの供与について、本稿執筆段階では公式には説明しておらず、反攻での軍事的効果は未知数だ。ウクライナ政府も意図的に対外的な言及を避けている様子があり、何らかのサプライズがある可能性も否定できないと筆者はみる。

他方で、プーチン政権が黒海艦隊を、そしてクリミアを今後どう守るのか。さらに反転攻勢をどう撥ね返すのか。その明確な戦略はまだ見えてこない。

2014年のクリミア併合は当時、国民から圧倒的な支持を受け、プーチン氏にとって80%以上という過去最高の支持率を得る原動力となった。その政治的現象は「クリミア・コンセンサス」とも呼ばれたほどだ。

2024年3月に大統領選が控えている。今後も黒海艦隊への攻撃を許すことになれば、プーチン氏の政治的権威がさらに大きく傷つく可能性もある。

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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