決断のとき 上・下 ジョージ・W・ブッシュ著/伏見威蕃訳 ~臨場感なく自己正当化に終始
ジョージ・W・ブッシュ前大統領は戦後、最も人気のない大統領である。8年間の任期中に同時多発テロ事件、アフガニスタン戦争、イラク戦争、金融危機が続き、米国の社会、政治、外交は根底から揺り動かされた。任期を終えた前大統領は、石もて追わるるごとくワシントンを後にした。いまだにリベラル派からは弾劾に値すると批判され、保守派からも保守主義への信頼を打ち砕いたと冷たく突き放されている。前大統領は表舞台から完全に姿を消しているが、本自伝で自らの思いのほどをつづっている。
前大統領は自伝執筆の目的は二つあると書く。まず「本書がこの(在任)期間のアメリカ史を研究する材料になること」であり、二つ目は「複雑な状況で決断するのが、どういうことであるか、読者にひとつの視点を提供すること」である。では、その狙いは成功したのか。
たとえば、イラク戦争を取り上げてみよう。この戦争の大義は、イラクが大量破壊兵器を隠し持っていることにあった。だが、現在、CIAなどの分析は誤りであったことが明らかになっている。これに対して前大統領は「その時点では(大量破壊兵器に関する)証拠も論理もすべて、別の方向に向いていた。私は自問した。もしフセインが本当に大量破壊兵器を持っていないのであれば、どうして負けると分かっている戦争に突入しようとするのか」と、情報の誤りを正当化し、戦争責任をフセイン大統領に転嫁している。前大統領は「自問した」以降の文章を原文ではイタリック書体で書くほど念を入れている。
本誌の読者が興味を抱くであろう国際金融危機に関してはどうか。ここでも表面的で人ごとのような指摘にとどまり、本当の政策決定過程をうかがい知ることはできない。むしろヘンリー・ポールソン前財務長官の『ポールソン回顧録』のほうが第一級の歴史書となっている。
前大統領のスピーチライターのマット・ラチマー氏が書いた内幕本『スピーチ・レス』では、金融危機が発生したとき、前大統領は経済顧問に向かって「アメリカ経済は強いと言っていたではないか」と怒鳴り散らし、経済音痴ぶりを露呈している。救済策を発表する記者会見に臨む前に徹夜で演説リハーサルを行ったことも書かれている。
本書は、そうした臨場感を微塵も感じさせない。自己正当化に終始する姿が見えるだけである。「こんな悲惨な状況で大統領の任期を終えることになろうとは」と嘆くのも当然であろう。
著者の二つの目的は達成されたとはとても言えず、在任8年の真の評価は歴史学者と評伝作家の作業を待つしかない。
George W. Bush
米国第43代大統領(2001~09年)。1946年生まれ。米イェール大学卒業。米ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得。エネルギー業界でキャリアを積み、米テキサス州知事に。米ダラスにある南メソジスト大学に記念館、図書館を建設中。
日本経済新聞出版社 上下各2100円 上344ページ、下388ページ
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