「脱亜入欧」が崩れ日本アイデンティティが揺らぐ 中国人団体観光客再来で揺れる日本の自画像

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衰退が顕著になったのは、7年8カ月にわたる最長政権を誇る安倍晋三政権時代と重なる。安倍は選挙のたびに「世界の中心で輝くニッポンを取り戻す」というスローガンを叫び続けた。要するに、大国にふさわしい日本を取り戻そうという号令だった。

慶應義塾大学の片山杜秀教授は、安倍時代の特徴として「日本の国際的な地位低下への不安と、日本の強い存在感への希求」にあったと分析、「日本の国はまだまだ強い」と思いたい民衆の願望を満たしたとみる(「『保守』の現在地 『国体護持』から『中今』へ」(中央公論7月号)。

こうしてみると「大国からの転落を示す」現実と、「大国であり続けたい」願望との乖離と相克が、日本(人)で進む「アイデンティティ危機」の実相だ。それは国内政治のアジア諸国観をめぐる対立の背景にもなっている。

とりわけ、現実と願望の乖離を埋めるうえで、中国脅威論や嫌中・嫌韓論、ヘイトスピーチなどがぜひとも必要になるのである。

願望維持するための「嫌中・嫌韓」

日本(人)にとって「アジア」とは、日本を含む「地理的概念」ではなく、多くの文脈で経済・文化的な概念であり、「後進性」の象徴でもあった。だから中国が日本を追い抜き、韓国が日本を追い上げる現実は、大国願望を阻む邪魔な存在でしかない。

現実を認めれば、「アジアの後進性」を鏡に「大国」としての自画像が崩壊する。メディアを覆う嫌中・嫌韓論は、自画像の崩壊を少しでも緩和する「ショックアブソーバー」(衝撃緩衝材)の役割も果たしている。

嫌中・嫌韓論の裏返しとして、リベラル勢力を含め世論で「親台湾」情緒が高まる。自民党副総裁として台湾を初訪問した麻生太郎氏は2023年8月台北で、台湾有事を念頭に「戦う覚悟」を求める発言をした。「親台湾」世論に乗じたのだと思う。

では日本に「戦う覚悟」はあるのか。官民ともに「覚悟などない」というのが筆者の持論だ。ある世論調査では「自衛隊が米軍とともに中国軍と戦う」に、反対が74.2%と、賛成を大幅に上回った。

多くの日本人にとり、台湾の存在は強大な中国を抑止するための「カード」であろう。日本社会を覆い尽くす「嫌中」「中国脅威」の裏返しであり、台湾は、「ヒーラー(悪玉)中国」の存在あっての「モノ種」といえる。これはアメリカも同じであり、米中衝突の危険を避けるため、有事でもウクライナ戦争同様、アメリカ軍を投入しないはずだ。

日本人がアイデンティティ危機を自覚し、「衰退途上国」にある現実を認めるにはまだ時間がかかる。それでも、日本(人)が自分の「身の丈」を自覚した時、明治維新以来頑なに守ってきたアジア蔑視から脱却し、日本がアジアの一員として国際政治・経済・社会に参画する新時代誕生の契機になる。アイデンティティ危機はその助走だ。

岡田 充 ジャーナリスト

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おかだ たかし / Takashi Okada

1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て、2008年から22年まで共同通信客員論説委員。著書に「中国と台湾対立と共存の両岸関係」「米中新冷戦の落とし穴」など。「岡田充の海峡両岸論」を連載中。

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