高級メロン農家育てる、銀座千疋屋の凄い仕事術 フルーツ生産者を育成するコーチの技【前編】

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銀座千疋屋は、石部さんが仕入担当に就いた15年ほど前から、仲買人を通して仕入れる形態を抜本的に改めた。自社で市場から直接買いつけることに加えて、その先にある生産者の発掘に乗り出したのも、同じころだった。

果物を手に取ると、作り手の向き合う姿勢、考え方までもが浮かび上がってくるという。その直感を確かめるため、石部さんは生産者を求め毎月、全国各地を巡る。

石部さんが管理する生産者ファイルには現在、全国の約90の農家が記載されている。その中に、コロナ禍に突入した2020年、銀座千疋屋の取引リストに加わった生産者がいる。

静岡県御前崎市にある「山下メロン園」の山下剛さん(41)だ。生産組合を通して生産量のほぼ100%が「市場流通」しているという静岡県内のメロン業界で、一農家が独立して銀座千疋屋と個別取引するのはこれまで例がなかったという。

銀座千疋屋
「山下メロン園」の山下剛さん(写真:筆者撮影)

そんな長年の業界的な慣習を、何事もなかったかのようにさらりと飛び越えて見せたのは、石部さんのこんな一言だった。

「山下、組合抜けたなら、うちでメロンフェアやってみようか」

メロン生産者は組合に所属

静岡の温室メロン収穫量は年間約6000トン、市場全体の35%を占め全国1位(2021年農水省統計)を誇る。産地としてのブランドを守るため、静岡県内の生産者は組合に所属し、味や形、栽培方法など厳格な基準をクリアすることが求められる。

原則、ネット販売など個別農家が一般消費者向けに直接商品を販売することは許されていない。万が一規格外の品が流通すれば、全体のブランドイメージを毀損しかねないためだ。強固な組織ネットワークのもと、代々産地の価値を高めてきた組合の努力は、権威そのものであり、小売り、流通業界にも大きな影響力を持つ。

1973年にマスクメロンの栽培を始めた祖父の代から組合運営の中枢にも関わってきた山下メロン園が、生産者組合から脱退したのはコロナ禍が世界を襲った、2020年7月のことだった。

20代で就農した3代目の剛さんは当初から、ブログやフェイスブックで自社農園の栽培風景やおいしさの特徴をたびたび発信し来園を呼びかけては、ルール逸脱の“お咎め”を喰らってきた、自らも認める、組織の「はみ出し者」だったという。それでも、ブランドを守ろうとする組合の目的や意図を汲んで、なんとか歩調を合わせる努力を続けてきた。

だが、コロナ禍の始まりは、そんな従順を装ってきた意識や行動を根底から覆すだけの大きなインパクトがあった。

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