アメリカの「利上げ継続懸念」はまだ消えていない 「インフレは沈静化した」と見るのはまだ早い

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もちろん警戒すべきは、ベース効果だけではない。8月1日の「アメリカ国債格下げショック」前の7月20日にも長期金利が大きく上昇したが、背景にあったのは早朝に発表された失業保険申請件数だ。予想に反して22.8万件に大きく減少、雇用市場が依然として力強く推移しているとの見方が改めて強まったことだとされている。

雇用が好調さを維持する限り、賃金上昇圧力も簡単に後退することはなく、サービス価格などの押し上げ要因となる可能性が高い。8月4日発表の7月の雇用統計も、非農業雇用数の伸びこそ予想を下回ったものの、時間当たり賃金は予想を上回る伸びとなり、賃金上昇圧力の強さを再確認する内容となった。この先インフレ見通しが改めて高まる可能性が高い。

原油が騰勢、エルニーニョで食料価格上昇の懸念も

さらに商品価格の動向にも、十分な警戒が必要だ。CPIは直近のピークをつけた昨年6月以降、エネルギー価格を中心とした商品市場の下落が主導する形で順調に鈍化してきた。だが、今後はこの構図が崩れることも十分にありうる。

まず原油先物価格は、サウジアラビアやロシアなどの積極的な追加減産によって、世界需給が将来的に逼迫するとの見方が強まる中、原油先物価格は7月以降、徐々に騰勢を強めている。

8月9日にはNY市場の指標であるウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)の先物価格は、1バレル=84ドル台をつけ、約9カ月ぶりの高値となっている。

また、小麦やとうもろこしの価格にしても、先月の7月17日にはロシアが海上回廊を設置することによって、ウクライナ産穀物輸出合意から離脱。同国港湾への攻撃を再開したことで、輸出品である小麦やとうもろこし価格が急騰している。

さらに、アメリカでは穀倉地帯である中西部で猛暑が続いていることも、とうもろこしだけでなく、大豆の作柄を悪化させる恐れが高いと見ておいたほうがよい。

ダメ押しで言えば、年末にかけて「エルニーニョ現象が一段と深刻化する」との予報は継続しており、アジア諸国でも異常気象によって農産物が大きな被害を受けるとの見方は根強い。こうした中、砂糖やコーヒーといった商品価格にも買い意欲が強まっている。

こうした商品価格上昇が背景となり、インフレ圧力が改めて強まってくる可能性は、意外に高いのではないか。ジェローム・パウエルFRB議長がインフレへの勝利を宣言し、自信をもって利上げ停止に踏み切ることができるのは、まだかなり先の話となりそうだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

松本 英毅 NY在住コモディティトレーダー

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まつもと えいき / Eiki Matsumoto

1963年生まれ。音楽家活動のあとアメリカでコモディティートレードの専門家として活動。2004年にコメンテーターとしての活動を開始。現在、「よそうかい.com」代表取締役としてプロ投資家を対象に情報発信中。NYを拠点にアメリカ市場を幅広くウォッチ、原油を中心としたコモディティー市場全般に対する造詣が深い。毎日NY市場が開く前に配信されるデイリーストラテジーレポートでは、推奨トレードのシミュレーションが好結果を残しており、2018年にはそれを基にした商品ファンドを立ち上げ、自らも運用に当たる。ツイッター (@yosoukai) のほか、YouTubeチャンネルでも毎日精力的に情報を配信している。

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