国家は破綻する 金融危機の800年 カーメン・M・ラインハート、ケネス・S・ロゴフ 著 村井章子 訳~繰り返し危機を生む今回は違うシンドローム
「絶対安全」だと信じてきた制度や技術が相次いで崩壊している。2007年に始まった金融危機は金融制度の根幹を揺るがすほど深刻なダメージを与えた。急速な金融イノベーションと金融当局の危機対応能力の高まりで、金融危機は「途上国の出来事」か「過去の出来事」と考えられてきた。同様に原子力発電の安全神話もあっけなく崩れ去ってしまった。過去の失敗と経験でリスク管理が十分に行われていると主張されてきたが、もはや誰もそんな話を信じなくなっている。
金融市場で何が問題だったのだろうか。著者たちは、危機が繰り返されるのは「人間の性質に根ざす何か根源的なものが働いているのではないか」と問題を提起する。それは、人々の心にある「今回は違う」という“傲慢な意識”ではないかと説明する。「2007年にサブプライム問題を発端にアメリカから世界を襲った金融危機の大波は学者や市場関係者、政策担当者の(金融危機は過去のものだという)思いこみを完璧に打ち砕いた」のである。
本書の原題は『今回は違う』である。09年秋に出版され、欧米の学界で賛否両論を含め話題になった。多くの論調が金融機関や金融当局内部の動向に焦点を当てて金融危機を分析しているのに対して、本書は、66カ国を対象に過去800年に及ぶデータを分析することによって、銀行危機や通貨危機、公的対外債務危機を“定量的”に分析したものである。そうした分析をもとに、今回の金融危機は過去の金融危機と同じであることを明らかにしている。そして、繰り返し危機を生んだ原因は「今回は違うシンドローム」にあると主張する。
「借り手も貸し手も、政策担当者も、そしておおむね世間も、記憶力はさっぱりよくならないようにみえる。こういう状況では、次の危機勃発を防ぐ教訓を歴史から学ぶことは、どう贔屓目に見ても、期待薄と言わざるをえない」と、金融イノベーションに浮かれた関係者を批判する。歴史を謙虚に学ぶなら、たとえば金融危機の前に必ず住宅バブルなどが起こっていることを認識できたはずである。さらに金融危機の後遺症は長期に及ぶことも明らかにする。
極めて意欲的かつ刺激的な本であるが、読み終わった後の充足感がない。それは、著者が「因果関係を解明し、さらに政策対応の指針を示すのは、今後の研究に待たねばならない」と語るように、“定量的”な分析に終始し、理論的な部分がブラックボックスになっているためだ。ただ、巻末の膨大なデータは、金融危機などに関心を持つ人にとって得難い資料である。
Carmen M. Reinhart
米メリーランド大学教授。キューバ難民。両親とカバン3つで米国に逃れてきた。ベアー・スターンズのチーフエコノミストなどを経て、米コロンビア大学で研究生活を送る。
Kenneth S. Rogoff
米ハーバード大学教授。1953年生まれ。米マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年から現職。国際金融分野の権威。2001~03年IMFのチーフエコノミストを務めた。
日経BP社 4200円 588ページ
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