日本で広がる「小さな幸せブーム」に感じる違和感 「幸せの自己責任化」が起きてはいないか

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ここでも強く打ち出されるのは、コントロールの可能性である。人間関係を意識的にマネジメントしていくことが推奨されている。「強い信頼の絆を築けたら、それで一安心というわけではない。なぜなら、どんなにすばらしい関係も必ず衰えるからだ。樹木が水を必要とするように、親密な関係は生き物であり、人生の季節がめぐるなかで放っておいても育つものではない。注意を向け、栄養を与える必要がある」(同上)。

とりわけ「ソーシャル・フィットネス(人間関係の健全度)」という考え方は、見事にその特徴を言語化している。人間関係も筋肉と同様、何もしなければ弱くなっていく。だから、エクササイズが必要だという趣旨である。

言うまでもなく、ウォールディンガーらの知見は、昨今の孤独・孤立をめぐる社会課題の有効な処方となりうるだろう。しかし、その半面、先述した心の技術の問題としてのみ捉えることを助長する恐れがある。

デコレーションされた「幸福」は適正か?

実際、関係性を資産ポートフォリオのような投資対象として再把握し、目的や計画などに沿って運用することを勧める言説が少なくない。「人間関係への投資」――損得勘定に基づき有用な付き合いにお金と時間をかける――を積極的に行い、幸福度の向上というリターンを得るというわけである。当然ながら、人間関係は複雑で、リスクがあり、浮き沈みとともにある。いいとこ取りはできない。

同書ではそのようなリアリズムに根差した包括的な「幸福」を語っていることに留意する必要がある。だが、自己啓発の文脈で流布している「幸福」は、もっとお手軽で、インスタントなものだ。それは、いわば「幸福感」の収集を人生の目的にしかねないものであり、それゆえ、行動の修正と境遇の軽視が相乗効果を発揮することになる。しかも、そこには「幸福至上主義」に対する懐疑はほとんど存在しない。

「幸福至上主義」は、過酷な状況にも順応できるマインドセットや、豊かな関係性に乏しい人々にとって、極めて不利な価値基準を醸成する傾向があるだけでなく、失政や社会課題がもたらす害悪を黙認するスルースキルとなりうる。わたしたちは、悲観的な未来を払拭しようと、デコレーションされた「幸福」に飛び付きがちだが、それは本当に適正なものなのか、結果的に誰の利益になるのか、自身に問いかけてみる必要がありそうだ。 

真鍋 厚 評論家、著述家

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まなべ・あつし / Atsushi Manabe

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。 単著に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)。(写真撮影:長谷部ナオキチ)

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