「服が痛くて着られない」感覚過敏の壮絶な苦しみ わが子が制服や靴下を嫌がるのにはワケがある
本来、すべての子どもは不便を感じることなく学校生活を送る権利を持っているはず。たとえば、視覚過敏で光の反射が眩しいのであれば、教室内でもサングラスを着用したり、聴覚過敏があればイヤーマフをつけるといったことが――メガネをかけるのと同じように――本人の必要に応じてできる環境をつくるべきなのだ。
とくに学校などの教育現場では、これまで「みな同じ」「足並みをそろえる」ことがよしとされてきた。しかし、これからは多様な“個性”を受け入れることが課題となってくるだろう。そう、どんな特性を持つ子であっても、誰もが不自由や不便を感じないよう、違いに配慮する社会をつくることが求められているのである。
「感覚過敏」が当たり前に配慮される環境を
加藤さんが主宰する「感覚過敏研究所」で医療アドバイザーを務める児童精神科医の黒川駿哉氏は、感覚過敏の実態と課題について、こう話す。
「お子さんによってさまざまな感覚過敏がある中で、もっとも苦労されているのは、それがなかなか周囲に伝わらないことだと感じています。可能なかぎり“見える化”して周囲に伝わりやすくすること。そして、社会そのものが『感覚とは人によって全然違うもの』ということを前提に、受け皿として変わっていく必要があります」。
「感覚過敏にはまだ明確に有効な治療法がありません。だからこそ『目が良い/悪い』と同じように、個人のプロフィールの1つとして、自然に感覚過敏に関する情報も含まれるべきであり、『目が悪い子は前のほうの席にする』など、学校で当たり前に配慮されていることと同じような立ち位置になってほしい」。
顔かたちや能力に個性があるように、感覚も1人ひとり違うもの。感覚に特性がある人もそうでない人も、まずは「こんなふうに感じる人がいる」「決しておかしいことではない」と知ることが、まずは最初の“第一歩”ではないだろうか。
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