一方で、上司は家庭生活では妻とうまくいっていないことを話してきた。
「カミさんは『娘を有名私立小に入れる』と言って、遊びたい盛りの娘を塾や習いごとに連れ回している。俺は子どもはもっとのびのび育てて、高校までは公立でいいと思っているんだけどね」
しかし、娘の教育のことで口出しをしようものなら、ヒステリックに言い返してくる。それで夫婦ゲンカが絶えなくなってきたので、最近は口を出さない。会話も少なくなり、夫婦関係が冷え切っているという。
そんなふうにお互いの話をしながら営業回りを終え、その後に時間のあるときには、夕食を一緒にするようになった。
進展のない恋人関係にげんなりしていたやよい。ヒステリックな妻のせいで家庭生活が楽しくなかった上司。そんな2人がひかれあい、不倫にのめり込んでいくには、時間がかからなかった。
理性より“好き”が勝っていた
やよいは、いつしか年下の恋人とは連絡を取らなくなっていた。夢を追っているのはいいが、いつもお金がなく、デートをすればきっちり割り勘かやよいが支払うかどちらかだ。お金がないから、男女の行為も一人暮らしをしているどちらかの家。そして、そのやり方もマンネリ化していた。
「上司と初めてホテルに行ったときには、自分の中で眠っていた欲情が叩き起こされたというか。それに、恋愛って始まったばかりの頃は何をしても新鮮だし、楽しいし、ドキドキするじゃないですか」
とやよい。“不倫はいけないこと”と冷静に判断するよりも、“好き”という感情が勝っていた。
「不倫なので、“必ず結婚できる”という確約がないのはわかっていました。ただ、人って好きという恋愛感情が生まれてしまうと、自分の都合のいいように、そのときの状況を考えるようになるんですよね」
年下の恋人と付き合っていたときは、お金がかからないように互いの家を行き来する貧乏デートが嫌だったはずなのに、いつしか上司とのデートでもやよいの家で会うのが定番となっていた。
「けれど、それで満足していました。彼が私の家に来るときには、その日に2人で食べる夕食やお酒をたくさん買ってきてくれて、私にはお金を使わせない。そんなところも年下の恋人とは違っているように感じたんです」
やよいはそう言うが、男性に家庭があり、子どもがいれば、自由に使えるお金は限られる。そんなときに女性が一人暮らしだったら、そこがデート場所となってしまうのは自明の理だ。そして、それが不倫を長引かせる原因にもなる。
ただ、燃え上がっていた恋愛感情も、月日の流れとともになだらかになっていくものだ。男女の行為もマンネリ化して、最初のドキドキ感はなくなっていく。それが恋愛の宿命だろう。
そして、2年半が経った。友人の結婚式で、みんなから祝福され、幸せの涙を流す花嫁の姿と、不倫をしている自分を重ね合わせたときに、我に返った。
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