著名教授「セクハラ裁判」で露呈した日本の異様さ 権威持つ年上男性には逆らいにくい文化

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佐野さんは、彼の指導を受けていた時も、卒業後も、彼に愛情のこもったメッセージを送り、フランス、イタリア、スペインへの出張に同行していた。林氏は、このような行動から、この関係が合意の上であったことが改めて証明されたと述べているが、本人はこれを秘密にしておきたかったと認めている。

彼女は、自分の行動は洗脳の証拠であり、将来のキャリアに関わる権限を持つ指導教官に「失礼」なことをするのが怖かったのだという。

彼女が関係を終わらせようとすると、林氏は彼女を「被害妄想」だと非難したり、もう他の人とは付き合えないだろうと言ったりしたと、彼女は裁判資料の中で述べている。彼女は林氏に、「セクハラで訴えたければ、私を訴えればいい。でも、君はそんな子じゃないから、そうはしないだろう」と言われたという。

たんに「自由恋愛を楽しむ大人だった」

林氏は裁判資料の中で、自分はそのような発言をしたことも、佐野さんを強要したこともなく、自分たちはたんに「『自由恋愛』を楽しむ大人」だったと述べている。

「自分があまりにも甘かったことは理解していますし、今でもそんな自分を憎んでいます」と佐野さんは言う。「ただ『ノー』と言って逃げ出せたであろうことが何度もあったんです」。

2018年の春までに、佐野さんは東京のアートギャラリーで働きながら、その関係をきっぱりと断ち切った。彼女はそのことを家族や小さな友人の輪に少しずつ伝え始めたが、抗し難い羞恥心にさいなまれることになる。彼女は自らの身体を傷つけるようになり、自殺を考えたという。

佐野さんの一番上の兄である佐野シュウサクさんによれば、妹から「洗脳された」と言われたという。「彼女が傷ついていたのは確かです」。

佐野さんと共同で展示を行った、東京の美術館のアシスタント・キュレーター、熊倉晴子さんは、佐野さんから美術界で尊敬の的である林氏の話を聞いたとき、「嫌悪感」を覚えたと述べた。

翌年初め、佐野さんは林氏の妻に連絡を取った。佐野さんは、「私はただ、起こったことの真実と、自分が申し訳なく思っていることを伝えなければいけないと思ったのです」と言う。佐野さんはまた、自分が彼に操られていたと感じていることを、妻に知ってもらいたかったのである。

裁判資料によると、林氏は、佐野さんを訴えた妻にその関係を告白した。裁判記録の一部となったメールの中で、林マチコさんは弁護士を通じて佐野さんに対し、「もし関係が夫によって強要されたものであれば」最初から「簡単に大学に申し立てを行うことができたはずです」と記している。

(執筆:Motoko Rich記者、Hikari Hida記者)
(C)2023 The New York Times News Services

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