妊婦の6割が「出生前検査」を受ける米国の悩み レジェンド産婦人科医が語る「最新事情と混乱」

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では、出生前検査を受けられないレッド州に住む女性たちは、どうしているのだろう。

「インターネットで私のような専門家を探すのです。私は今、ニューヨークで胎児の検査専門のクリニックを開業しています。ニューヨーク州では出生前検査・診断、人工妊娠中絶は合法的行為で、私のような専門医も遺伝カウンセラーもたくさんいます」

エヴァンス医師は、レッド州の女性たちのオンライン相談も受けている。彼は、突然、選択肢が消えた女性たちに対して、強く同情していた。オンラインでは不可能な実際の検査や、ときには人工妊娠中絶のために、レッド州の妊婦たちは民主党支持者が多いブルー州への長旅を余儀なくされているからだ。

「それも、ブルー州に行けるのは、経済的に余裕があり、情報収集に長けた女性だけです」とエヴァンス氏は付け加えた。

「アメリカでは、妊婦は住んでいる州によって出生前検査を受けるかどうかの判断を左右されるのです。産科医の中にも、こうした状況に危機感を覚えて、レッド州を去るものが出てきました。患者に適切な情報提供をしない医師は患者に訴えられるのがアメリカの本来の医療ですから、医師も情報を提供できない州にいるのは不安なのです。最高裁による人工妊娠中絶の権利の否定でアメリカは内戦状態になりつつあり、出生前検査の分野は大きく影響を受けています」

スキル不要の検査による不都合

さらにエヴァンス氏は、「熟練した医師が要らない検査」が現れ、多用されるようになったことが、出生前検査全体にもたらしたインパクトについて語った。「出生前検査の世界は、今、医師ではなく、検査会社と、その経済活動を中心に回っている」と指摘する。

2010年代はじめのアメリカでは、ベンチャーの検査会社が競って、ダウン症(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーの可能性を次世代シーケンサーで調べるNIPTを開発した。血液検査だけという簡単さは大いに注目され、日本では禁じているが、アメリカでは胎児の性別も告げているのでそこも喜ばれた。

「NIPTは、胎児に問題が見つからない限り、医師には知識もスキルも要りません。医師はただ採血をして、その血液を検査会社に渡せばいいのです。あとは検査会社が全部やってくれます」

その手軽さから、これまで出生前検査に関わってこなかった産科医もNIPTを始めた。今では、多くの妊婦たちがかかっている産科医のもとで、簡単にNIPTを受けられる。エヴァンス氏のような、治療も含めた胎児医療全般について経験を積んできた医師のカウンセリングを受け、合理的な選択肢をすべて提示されてから検査を選択する人は減った。

日本では、医師がNIPTを扱う場合、正式には国が参画する認証制度の審査を受ける必要がある。そこで、医師に一定の専門的知識や倫理性があるかどうかが審査されるが、アメリカにはそうした制度はない。

エヴァンス氏によると、「NIPTを提供している産科医はほとんどの場合、妊婦たちに十分な説明をしていないし、絨毛検査のようなもっと幅広く調べる検査については知らせないか、過小評価する」と言う。

NIPTの難しい点は、偽陽性・偽陰性があり、それだけでは染色体疾患の有無を確定できないということだ。

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