妊婦の6割が「出生前検査」を受ける米国の悩み レジェンド産婦人科医が語る「最新事情と混乱」

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陽性とされれば妊婦も家族も動転し、大きな不安に包まれるが、本当に疾患があるかどうか知るには、羊水検査もしくは絨毛検査を受ける必要がある。しかし、今アメリカでは、そうした確定診断の回答を待てない人が、NIPTの結果だけで人工妊娠中絶をするケースが問題になっている。これについて、FDA(アメリカ食品医薬品局)は2022年に警告を出した。

同機構はNIPTの結果のみで人工妊娠中絶が行われるケースがある事実を掌握しているとし、妊婦に対し、「出生前検査やその結果を受けてどう行動するかの判断は、専門的な訓練を受けた医師、遺伝カウンセラーなどと話し合うように」と呼びかけている(*2)。

では、出生前検査に詳しい医師の診療とはどのようなものなのか?

エヴァンス氏のプライベート・クリニックでは、妊婦は妊娠のごく初期に、ソファに座ってゆっくりと専門家の話を聞く。専門家は妊婦の選択肢について考え、妊婦の質問に答える。

提示される検査の選択肢は、多彩だ。NIPTだけではなく、時間をかけて胎児の体のつくりを見る精密な超音波検査、羊水検査、絨毛検査など、あらゆる手法で出生前検査を行うことができる。

羊水検査、絨毛検査は確定診断ができる検査で、現在では、マイクロアレイと呼ばれる高度な分析法も採用されている。エヴァンス氏は多くの疾患を調べるため、マイクロアレイで解析する羊水検査、絨毛検査を選択肢に加えることを特に重要視している。

NIPTではわからない病気が多い

「NIPTは多くの場合、ダウン症など3つのトリソミーと性別しか調べていないので、ほかの病気は見落とします。ダウン症と同じ程度に神経学的な問題や発達の遅れがみられる病気は、ほかにもたくさんあります。出生前検査に詳しく良心的な産科医なら、妊婦さんが私の目の前で『ダウン症が心配です』と言ったら、胎児疾患はダウン症以外にも、同程度の重さの病気はいろいろあることを教えるでしょう。そしてNIPTではそれらのほとんどはわからないですが、わかる検査も存在することを伝えるでしょう」

エヴァンス氏のクリニックで見つかる疾患のうち、NIPTだけでわかる疾患は2割ほどにすぎないという。

「NIPTは、今やアメリカで行われている非確定的な出生前検査の半分を占め、増え続けています。そして女性たちのほとんどは、胎児疾患全体の話を聞くチャンスはなく、NIPTはなんでもわかる検査だと思ってしまうのです。NIPTの登場は、技術としては革命的な進歩でした。しかし、実際にはどうでしょう。アメリカ社会で起きていることを見ると、出生前検査のケアの質はかつてより低下しています。妊婦たちは、『偽物の安心』を与えられているわけです」

エヴァンス氏が今願うのは、胎児の先天性疾患についての知識がもっと普及することだ。

残念なことに今のアメリカでは、最善のカウンセリングと検査に恵まれた妊婦と、そうではない妊婦の差は縮むことなく、広がるばかりだ。それでもエヴァンス氏は、医師と患者の教育が良くなれば、国全体のケアがよくなるという希望を持っている。

胎児の検査や治療に詳しい産婦人科医で、エヴァンス氏を招いた学会の大会長を務めた左合治彦氏(国立成育医療研究センター遺伝診療センター長)に、日米の状況の違いを聞いた。

「日本では、アメリカとは逆の動きがあった」と左合氏は言う。

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