「相手に共感」は実は専門家でもなかなかできない 大事なのは気持ちに寄り添うことではない?

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松田さん(仮名、45歳女性)は進行したがんに罹患して精神的な苦痛を感じ、筆者の外来(腫瘍精神科)に相談に来られました。診察室に入ったときから、涙ぐんでいる様子が見て取れます。

清水(筆者):松田さん、今日はどうされたのですか?
松田さん:私の病気はもう治らないって主治医の先生から言われたんです。
清水:もう治らないって言われたんですね。
松田さん:そうなんです。
清水:それはつらいですね。
松田さん:私はどうしたらいいんでしょうか……。

筆者は松田さんの「どうしたらよいか?」という問いに直接的な答えが見つからず、少し苦しまぎれに次のような言葉を続けました。

清水:どうしたらよいのかわからない。それもつらいですね。
松田さん:つらいですねって言ってくれるけど、先生に私の気持ちがわかりますか?
清水:……。
松田さん:そうですよね、このつらさはなった人しかわからないですよね。
清水:……。

松田さんは、それ以上話をしようという気にならなかったのか、「もういいです」と言って早々に診察室を後にされました。筆者は苦痛を感じている松田さんに対して、心のケアをしたいと思ったのですが、力になることができませんでした。

そもそも他人の気持ちはわかるのか?

ところで、この対話のなかには「先生に私の気持ちがわかりますか?」という松田さんの発言がありました。そもそも他人の気持ちはわかるものなのでしょうか。

筆者自身は、がんに罹患した患者さんの心のケアを担当していますが、がんになった経験はありません。そうすると時々、「がんを経験したこともないのに、先生に私の気持ちがわかるんですか?」と聞かれることがあります。

以前はこのように言われるのが苦痛でしたが、最近はその言葉を受け止められるようになった気がします。そして、その質問には次のように答えることが多いです。「●●さんの気持ちを私はわかっていないかもしれません。でもわかりたいとは思っています」。

心理学では、「相手の気持ちがわかる」ということを「共感」と呼びます。いくつかある共感の定義のなかで有名なのが、カウンセリングの神様ともいわれるアメリカの臨床心理学者カール・ロジャーズが提唱した、「その人の私的な世界を、あたかも自分自身の私的な世界であるかのように感じ取ること」というものです。

先ほどの診察室の話に戻ると、筆者が松田さんの考えていることを、感情の動きから肌感覚などの五感の状況までそっくりそのまま感じ取り、「ああ、松田さんは今こんな感じなんだ」とわかることが「共感」です。

しかし、それははたして可能なのでしょうか?

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