仮に、米ロ中という核の三極体制に移行すると、各国がそれぞれの国に対して同時にパリティを追求することは不可能になる。各国が同じ数の核兵器を持っていても、そのうちの2カ国が協調してしまえば、残りの1国が一方的に不利な状態に置かれてしまうからだ。
三極体制の下でいかに軍拡競争を防ぎ、戦略的不安定のリスクを低減させるか、軍備管理の新たな課題である。核大国となる中国は、少なくとも核の透明性を高め、核大国の責任を果たさねばならない。
中国の核軍拡はインドの核戦略にも影響を及ぼす。インドはNPTに加わらず、1998年にパキスタンと前後して核実験を成功させて以降、核兵器の「軍事作戦に勝利するための戦術的手段」としての役割(限定核使用オプション)を否定し、一貫して「抑止のための政治的手段」と位置づけてきた。
その結果、パキスタンとの地域的な戦略的安定を維持し、「安定・不安定の逆説」の効果をも抑え込んだと評価されている(栗田真広、『「核の忘却」の終わり』第5章)。
習近平主席は、4月26日のゼレンスキー大統領との電話会談で、「核戦争に勝者はいない。各国は冷静さと自制を保つべきだ」と語り、ロシアを念頭に核使用に反対する姿勢を示している。
これに対し、モディ首相は、今後のインドの核抑止・対中戦略をどう構想するのであろうか。また、米英仏の核保有国は、日独伊加等の拡大抑止提供国さらにはすべての非核保有国に対する核の脅威からの安全をいかに保障するのか。G7広島サミットで採択される宣言には、その決意と具体的な行動を盛り込む必要があろう。
原点・ヒロシマからの再出発
伊勢志摩サミット後の2016年5月27日、現職として初めてオバマ大統領が広島を訪問し、高齢の被爆者と抱擁した光景は、「核なき世界」への前進を予感させた。同大統領の2009年のプラハ演説は世界の核軍縮への機運を高め、2017年7月の国連総会における核兵器禁止条約(TPNW)の採択(122カ国の賛成)につながった。
TPNWは、核保有国や日本を含むその同盟国が参加しておらず、国際規範にはなっていない。そもそも国際社会には、秩序を強制的に形成するだけの自律した権力の裏付けは存在しない。従って、核兵器の使用を規制する国際法的規範の確立は、それが可能であったとしても遠い将来のことであろう。
それでも、核兵器の非人道性を国際社会の共通認識にすることは、核のハードルを高め、核使用をタブーとする王道である。その先の核廃絶という理想の達成には、まず核の抑止と管理という現実に立脚した方策が不可欠であることも事実だ。
G7広島サミットに結集する首脳たちは、ヒロシマの非人道性を実感するであろう。核兵器廃絶という理想は諦めず、目前の核使用の危機を回避し、核の国際秩序の回復に向けた新たな一歩を広島から踏み出してもらいたい。
そして、歴史的に特別な責任を有する日米両国は、ロシアの核兵器による恫喝や攻撃を拒否し、揺ぎない相互信頼によって国の安全を保障する拡大抑止の模範となって、その先頭に立つ必要がある。
(尾上 定正 シニアフェロー/地経学研究所 国際安全保障秩序グループ・グループ長、元空将)
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