ロシアの「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」(2020年6月2日全文公表)は、核抑止の目的を「国家の主権及び領土的一体性、ロシア連邦及び(又は)その同盟国に対する仮想敵の侵略の抑止、軍事紛争が発生した場合の軍事活動のエスカレーション阻止並びにロシア連邦及び(又は)その同盟国に受け入れ可能な条件での停止を保障する」と規定している。
この政策に従えば、ロシアの核恫喝は、ウクライナ反攻のエスカレーション阻止とロシアが受け入れ可能な条件での停戦を目的とすると読めるが、これは「核抑止」の目的なので、使用すると逆にその目的達成は難しくなる(アメリカの報復を招く)。
プーチン大統領にこの矛盾を理解させ、歴史的な一線を超えさせないことが、核抑止の有効性を今後も維持するうえで死活的に重要なのである。そのためには、地経学研究所主任研究員の小木洋人が「ロシアによる核恫喝を拒否するために必要なこと」(https://toyokeizai.net/articles/-/667561)で指摘するように、戦術核兵器の使用が軍事的には効果があまりないことを明らかにすることも重要である。
ウクライナで核兵器がなぜ使用されなかったのかという要因分析が、ウクライナ戦争後の核戦略と拡大抑止体制構築の基礎となるからだ。
NPT体制を巡る新たな展開
ロシアの核の脅威は、フィンランドとスウェーデンが中立政策を捨てNATOの核の傘を選択したように、敵対的な核保有国からの安全をいかに保障するかという厳しい選択を非核保有国に迫っている。
ウクライナは、旧ソ連時代に配備され、そのまま国内に残されていた大量の核兵器を放棄することに合意し、1994年、NPTに加盟したが、米英ロの「ブダペスト覚書」(核兵器の放棄と引き換えに安全を保障)の約束は守られなかった。
また、米ロ英仏中の5大国は、NPT条約を締結している非核国に対しては核を使用しないとする「消極的安全保証」に関する一方的宣言を行ってきた。しかしこの宣言もロシアが自ら破り、非核国のNPT体制への信頼は危機に瀕している。元々不平等なNPT体制の存続には、核保有国の非核国に対する共同責任を改めて明確にする必要があろう。
韓国の尹錫悦大統領は、独自の核保有を志向する根強い国内世論を押さえ、アメリカの拡大抑止を強化する選択をした(ワシントン宣言、4月26日)が、戦術核の運用能力の向上を進める北朝鮮が7回目の核実験を断行した時に耐えられるだろうか。
言うまでもなく、北朝鮮の核は日本にも向けられている。また、中国は従来の「最小限抑止」を転換し、2035年にはアメリカと均衡する約1500発の戦略核戦力を保有すると見積もられている。
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