年金改革で混乱・フランスに潜む民主主義の矛盾 独裁から民主へ、民主が独裁を生むというジレンマ

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歴史は喜劇のように繰り返す。やがて、ルイ・ナポレオンは1852年に皇帝「ナポレオン3世」となる。その20年後にナポレオン体制は崩壊する。そして第3共和政が成立し、再び独裁者を恐れる憲法が作成される。

確かに、第3共和政はこれといった独裁者を生み出さず長く継続したが、結局ドイツの独裁者ヒトラーに協力するフィリップ・ペタン元帥(1856~1951年)を生み出すことになった。

このペタンに懲りたために、戦後の憲法は再び独裁を生まない憲法となり、それが第4共和制憲法となる。されど、またここでフランスはアルジェリア戦争(1954~1962年)という危機に巻き込まれ、フランス人は強い大統領を切望する。

こうして1958年に現在の第5共和制憲法が成立する。それによって第2次世界大戦の英雄シャルル・ドゴール将軍(1890~1970年)が大統領になる。第5共和制の憲法は、大統領の決定に優位を与えるべく生まれたものである。しかし、結局1968年の5月革命で生じた労働者や学生からの批判によって、1969年にドゴール将軍は辞任に追い込まれる。

一方的な大統領のやり方に反発

2023年3月、フランス議会は年金改革において62歳となっている年金受給資格を64歳に引き上げた。これには憲法49条の第3段落、社会保障の場合の決定には内閣に責任があるという項目を使った。確かに、憲法にそれが明記されているので合憲ではある。

しかし問題は、これが果たして国民の合意を得ているものなのかという点だ。国民は、こうした一方的な大統領のやり方に憤りを感じた。議会の投票で通過する可能性の低い年金改革を、強引に49条で取り繕ったようにみえたのである。国民はそれを「大統領と首相の暴挙だ」として怒りを爆発させたのだ。

こうなれば、マクロンはシラクがEU憲法で行ったように国民投票にかける手がある。しかし、これは危険な賭けである。それでは、反対する国民自ら国民投票にもっていければいいが、それには憲法11条国民の署名(選挙人の10分の1)と議員の署名(5分の1)という難題が待ち受けている。

そこで憲法会議という「賢人会議」に、今回の決定が憲法違反ではないかを審議していただくということになったのだ。しかし、憲法会議というものは独裁を避けるために必要な処置として第5共和制憲法成立後に導入されたものだが、その構成員は、大統領推薦者や議会の議長などで構成されている。

結局、下された裁定は3月の決議は合法であり、「62歳以上に年金受給年齢を引き上げるべきではない」という要求を否決した。こうして国民はさらに批判の勢いを強めることになったのだ。

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