エーザイ、知られざる「インド巨大工場」真の実力 医薬品の一大市場で託された2つの重大使命

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DEC錠は無償提供のため、この事業単体で見ればもちろん赤字で、当初は投資家からの反発もあった。しかしエーザイは、全社で見れば大きなメリットがあると説明する。

理由の1つは、DEC錠の大量生産によって工場の稼働率を高められるため、他の製剤も含め、全体で見た際の生産コスト低減につながるという点だ。WHOはまん延防止のために、DEC錠を年1回、4~6年かけてコミュニティ全体で継続して飲むことを推奨している。

また、インドの国民にとって身近な感染症の治療薬を作り、提供しているという事実は、従業員のモチベーションも高めている。

「自分たちの活動が、近隣の村におけるLF根絶に向けた取り組みに大きく貢献している」。バイザッグ工場で働く40代の男性は、誇らしげだ。エーザイが事業の一環として行っている患者との交流が、さらなる活動に取り組む動機になっているという。患者やその家族はエーザイの取り組みに感謝し、社員を村の行事に招待することもある。

こうした体験にやりがいを見いだし、工場で働き続ける従業員も少なくないようだ。インド全体の離職率は20%と高い水準にある。経済成長が続く中、より高い賃金を求めて転職する人が多く、人材の奪い合いが起きている状況だ。しかしバイザッグ工場の離職率は、過去数年の間7~10%に抑えられ、採用コスト低減にもつながっている。

現地でのブランディング効果も

多くのメーカーが海外展開するうえで、本社のグリップを利かせた管理・運営を実現するには、ロイヤルティの高い現地従業員の確保が大きな課題だ。

第一三共は、前述のインドのメーカーを買収した直後、アメリカの食品医薬品局の査察によりずさんな生産管理体制が発覚。主力2工場が対米禁輸措置を受け、巨額損失を計上した。その後も別工場で品質管理問題などが相次ぎ、2014年には手放している。

バイザッグ工場がエーザイの重要拠点として今も稼働できているのは、長年勤める経験豊富な従業員らの存在があってこそだ。2023年3月までエーザイ・インドの管理部長を務めた藤村東氏は、「日本向けの品質基準やコンプライアンスについて、インド人従業員のマインドセットを変えるため、研修には日本よりもはるかに時間をかけた」と話す。

エーザイはDEC錠の提供を通じて、現地における企業イメージにもプラス効果があるとみる。同社の南田泰子サステナビリティ部長は「バイザッグ工場で作る薬が病気の予防や治療になり、貧困の連鎖から抜け出して低所得の人が普通の暮らしが出来るようになれば、長い目でみてもブランディングになる」と分析する。

インドは今後、消費国としても大きな可能性を秘める。アメリカの調査会社・IQVIAによれば、2021年から2026年におけるインドでの医薬品支出の伸びは年平均8~11%(同期間の世界平均は3~6%)と予想されている。

単なる生産拠点にとどまらない使命を担ったバイザッグ工場。エーザイの期待通りの効果を上げるには、医薬品製造と感染症への対応の両輪で、今後も根気強い取り組みが必要となりそうだ。

兵頭 輝夏 東洋経済 記者

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ひょうどう きか / Kika Hyodo

愛媛県出身。東京外国語大学で中東地域を専攻。2019年東洋経済新報社入社、飲料・食品業界を取材し「ストロング系チューハイの是非」「ビジネスと人権」などの特集を担当。現在は製薬、医療業界を取材中。

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