エーザイ、知られざる「インド巨大工場」真の実力 医薬品の一大市場で託された2つの重大使命
特殊な土壌が作られたきっかけは1970年、新薬などの「物質特許」を認めないとする法律ができたことだ。
多くの国では物質特許により、新薬を開発した製薬会社の利益を一定期間保護している。しかし貧困層が多いインドは薬を広く普及させるため、海外では特許期間中の薬でも、地場メーカーが生産できる戦略をとった。結果として安価なジェネリック薬の開発が盛んになり、研究開発や生産の技術を持った人材が数多く育った。
その後2005年の法改正で、インドでも物質特許が認められるようになると、世界中の大手製薬メーカーがインドに原薬や製剤の工場を建設。日本勢でも、2004年にエーザイがいち早くムンバイに販売会社を設立し、2008年には第一三共がインド最大のジェネリック薬メーカーを買収したり、アステラスも現地に販売拠点を開設したりするなど、進出ラッシュが起きた。
バイザッグ工場に託された別の役割
エーザイのバイザッグ工場が完成したのは2009年。現地企業の買収などをせず、日本の製薬会社が初めてインドでゼロベースから立ち上げた生産拠点だった。
原薬などの生産とは別に、バイザッグ工場が本格稼働して間もない頃から担っている重要な役割がある。エーザイがWHO(世界保健機関)を通じて無償供給している、DEC錠という感染症薬の製造だ。
DEC錠が対象とするリンパ系フィラリア症(LF)は、フィラリアという寄生虫を病原体とし、蚊が媒介し人に感染する、熱帯・亜熱帯地域の病気だ。
インドを含めた世界47カ国で約5000万人が感染していると推計される。死に至ることはないが、リンパ浮腫によって仕事を継続できなくなる、皮膚が硬く厚くなる、などといった生活への大きな支障を伴う。
感染者の多くは、農村部の貧しい地域の人だ。インドには、世界銀行が貧困ラインと位置づける1日1.9ドル以下で生活する人が、1億7000万人近く存在すると言われる。投与対象者が貧困層中心のため、薬を作っても製薬会社が儲かる見込みがなく、長らく治療薬の開発は停滞していた。
エーザイは2010年にDEC錠の供給でWHOと合意。これまでに20.5億錠を、インドをはじめ29カ国に供給してきた。バイザッグ工場では製造だけでなく、近隣の村で州政府による集団投与の支援や、蚊の幼虫の駆除、殺虫剤の散布なども継続して行っている。
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