リー・クアンユーの政策は万能ではなかった

「アジア的価値観」は賞味期限切れ

リー・クアンユー氏亡きあとシンガポールはどこへ向かうのか(ANRAI/PIXTA)

シンガポール共和国の建国の父であり、同国首相を長く務めたリー・クアンユー。死後、その功績に対して多方面から賞賛の声が寄せられているが、このような評価を勝ち得た政治家は彼のほかにそう多くは存在しないだろう。

リーの影響力は実際の政治権力が及ぶ範囲を大幅に超えて作用していた。その政治権力は、シンガポールがマレーシアから1965年に分離独立して以降、東南アジアの小さな都市国家の境界を越えて広がることはなかった。しかしその影響力は、急成長する企業経済と一党独裁の共産主義政府とが併存する、毛沢東以後の中国へと大きく波及した。

リーに対する賞賛には特別な側面も

リーは資本主義と強権政治とを結び付けた政治家の嚆矢だった。彼の人民行動党は、中国共産党に比べればまったくもって暴力的ではないとはいえ、事実上の独裁政党として国を統治してきた。

シンガポールの活発な経済、物質的豊かさ、効率のよさという面に目を向けると、独裁主義は資本主義よりもうまく機能する、世界にはそうした地域が存在するのだ、という多くの人の考えを裏打ちするように見える。権力の独占と経済的な大成功を結び付けたいと考える各地の独裁主義者に、リーがあこがれをもって見られるのももっともだといえる。

しかしリーに対する賞賛には特別な側面がある。リー政権は、民主主義を形だけ維持するために選挙を実施しておきながら、反体制派については脅しや財政的な破綻で対処する選択をした。リーに立ち向かった勇気ある男女は、膨大な額の賠償を請求されて破産に追い込まれた。

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