──その状況は、応酬や連鎖につながりやすいのですか。
人の言うことを聞かないのは一種の受動的攻撃だ。上司に言い返せないでいると、鬱憤がたまる。それをどこかで吐き出さないと、自分の身が持たない。そこで置き換えというメカニズムが起きる。その人は攻撃の矛先の向きを変える。弱い者に向けていく。自分の部下が何を言っても聞かずとかの形で連鎖していく。駅員に暴言を吐いたり暴力を振るったり、店員が土下座して謝るまでおまえが悪いと言い続けるのも、連鎖の一端だろう。
──集団化もする?
集団化して意見を聞かず、ある種、いじめの手段のようになる。学校もそうだが、職場においても意見を全然聞かないなどで、その人物を追い詰めていきかねない。
「話を聞けない人」は本当の病気
──その際、4層構造化も問題なのですね。
学校でのいじめ研究で定説になっていることに、加害者、被害者だけでなく、観衆、傍観者の存在がこの構造を支えるというものがある。学校でのいじめは大人の社会の縮図だから、会社においても観衆や傍観者の存在が追い込む要素として作用しているはずだ。
──聞かない人より、聞けない人のほうが問題なのですか。
聞けない人は本当の病気だ。聞けない人にこそ妄想があったり、強迫観念があったり、強い自己愛がある。私は精神科医の経験が30年近くある。とかく重度の犯罪を起こした人でもカウンセリングを受ければ治る、更生するといわれるが、それはほとんどないといえる。三つ子の魂百まで。性格はほとんど変わらない。病識のない人は本当に難しい。
──病識?
精神科で「自分が病気であるという自覚」の意味でよく使う。病識がない人の治療がなぜ難しいか。自分から医者には行かないし、治療を受け入れられないから、薬を出しても飲まない。病識を持ってもらわないとカウンセリングはできない。
──聞かない人、特に黙り込む人にはどう対処したら。
そういうシーンは家庭内でも経験があるかもしれない。結局、交渉に尽きる。
著名な精神分析家のフロイトは、人の心的機能は快感原則と現実原則の二つの原則に支配されている、と言っている。快感原則からは言いたいことをバーンと言ってしまう。現実原則からは、どちらというと言わずに抑えておこうとなる。人は、この快感原則と現実原則とをはかりにかけて行動する。
たとえば、部下で使えないのがいるとする。辞めてしまえと言えば快感原則になる。だが、今風に言うとこれはパワハラになる。会社では普通、現実原則に重きを置く。ミスを指摘して相手が黙り込んだら、怒りたくなるのを抑え、何を求めて振る舞っているのか、どんな利得があると考えているのか分析して、駆け引きになる。ある程度冷静に挙動を見極めたほうがいい。
──前作の『他人を攻撃せずにはいられない人』も“ワンテーマ本”でした。次回作は。
『他人の不幸ばかりを願う人』を執筆中だ。こういう人も、ものすごく増えている。
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