人生順調だった3人兄弟が滑り落ちてつかんだ事 大事なのはどこに住むかではなく、どう暮らすか
しかし我々が想像している以上に、現代社会における「成功」とは薄氷の上に成り立つような、頼りなく不安定なものでした。キャリアアップを目論み外資系IT企業に転職した三男の子豚でしたが、突如、米国本社が買収されます。私文卒でソースコードを書けないため、瞬く間にクビになってしまいました。
SNSをこんな醜い場所にしたのは、一体誰?
「昼から酒飲んで年収1200万とか、クビになって当然ww」。インターネット上では、自分より恵まれた人間の転落劇に拍手喝采を送り溜飲を下げる哀れな子羊達の投稿がバズり散らかしています。嫉妬と悪意が渦巻く、混沌のるつぼTwitter。人々の声を世界に届ける目的で誕生したSNSをこんな醜い場所にしたのは、一体誰?
嫉妬、悪意、無関心、優越感。人の心の暗部に潜む、後ろ暗い感情。そう、現実世界に狼なんていません。私達の心に巣食う、暗闇を好む狼が子豚達の家を襲ったのです。下劣で扇情的なTwitter文学を書く私の心にも、そんな低俗なものを喜んで拡散するあなたの心にも、狼は住んでいます。違いますか?
では、子豚達の人生は失敗だったのでしょうか? いえ、そんなことはありません。母豚が子豚達に贈ったのは立派な学歴でもマンションの頭金でもなく、困難に直面し傷つき倒れても、歯を食いしばって立ち上がる姿勢でした。SDGsでも謳われる、レジリエンス(強靱性)。子豚達は、決してへこたれません。
長男豚はパートでもいいから働くよう、妻を説得しました。併せて一橋大学の社会人向けMBAに通い始めます。専門職に甘んじず、経営に携わる事で収入を上げるという挑戦です。相変わらず家賃は垂れ流しだし、娘は「大学は国際教養学部で海外に留学したい」と言い始めて家計は綱渡りですが、男として覚悟を決めました。
次男豚の住む一軒家。息子の部屋の壁にあった無数の穴は塞がれ、沈黙が支配したリビングの冷たい空気は徐々に、しかし着実に温度を取り戻しています。過去をなかったことにはできません。でも罪と向き合い、親として共に歩むことはできます。息子は新しい夢が見つかったと、定時制高校に通い始めました。
三男豚はタワマンを手放し、上石神井駅徒歩8分のマンションに引っ越しました。苦労の末に見つけたSaaS系企業の営業は歩合制で、安定ともインスタ映えするカフェテリアとも縁遠い生活です。しかし、それでも三男の目は輝きを失っておらず、前を見据えています。子役になった娘はチョイ役でドラマに出るようになりました。
子豚や孫豚たちの奮闘ぶりを、お母さん豚は目を細めて見ています。賃貸が賢い、一軒家が安心、タワマンこそ至高――。そんな単純な「正解」はないと、彼女は最初から知っていたのです。大事なのはどこに住むかではなく、そこでどう暮らすかです。大切なことに気づいた子豚達の将来に、幸多からんことを。
(この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)
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