心理的安全性を下げる「ダブルバインド」の正体 「明確な構造」がない職場に生じる落とし穴

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一方で、構造が明確でなかったり、あるいはダブルバインドの状態になっていると、自分が思ったことを発言できず、安心して働くことができません。ダブルバインドとは、矛盾する2つのメッセージを発することで、相手を混乱させたり、相手にストレスを与えたりすることです。

ある新入社員研修での出来事

私が実際に体験したエピソードをご紹介しましょう。

今から20年ほど前、あるメーカーの新入社員研修で講師を頼まれたときのことです。これからグローバル展開を進めていくにあたり、海外の人と接する機会も増えていくだろうから、「異文化コミュニケーション」について新入社員に講演してほしいという依頼でした。

グローバルな舞台で活躍するためには、上下関係を前提にしないフラットな付き合い方を学んだり、自分の考えや意見をしっかりと持ち、自分らしさを表現することが求められます。しかし日本企業の中だけで働いていると、そうではない日本的なコミュニケーション方法に染まってしまうので、新入社員のうちに、ぜひグローバルな考え方や作法に触れさせたい。これが人事部の要望でした。

当日、駅からその会社に歩いて向かう途中で、リクルートスーツに身を包んだ新入社員と思われる若者たちを大勢見かけました。お互いに冗談を言い合いながら、元気よく楽しそうに肩を並べて歩いていきます。

彼らのハツラツとした姿に、悪い気はしませんでした。うつむきながら暗い表情で歩いているより、若者らしくて好感が持てます。彼ら彼女らが、世界で活躍するために僕が少しでも役に立てるなら大変うれしいことだと思い、講演前に改めて身を引き締めました。

そして、研修会場に案内され、いよいよ僕が登壇するときのことです。これからグローバルコミュニケーションについて学ぼうという講演を前に、人材育成部長が発した第一声に驚きました。

「起立! 先生に礼!」

会場で座っていた社員たちが慌てて立ち上がり、硬い表情で一斉にお辞儀をするのです。偉い先生の話を若者が黙って恭しく拝聴するという、日本によく見られる上下関係が一瞬にして会場にできあがりました。

さらに僕は、部長の次の言葉に耳を疑いました。

「皆さん、おはようございます。先生の講演の前に、一言だけ言っておきます。今朝、駅から歩いてきた皆さんの中に、笑い声を上げながら通勤している人がいました。これは社会人として非常にはしたない態度ですから、慎むように」

「(新入社員)……はい」

「ではこれから海外の人と自分らしくコミュニケーションするための研修を始めます……」

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