平安時代もいた「オタク女子」凄まじい執念の実態 紫式部「源氏物語」に恋い焦がれた女の正体

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<本文>
かくのみ思くんじたるを、心もなぐさめむと、心苦しがりて、母、物語などもとめて見せたまふに、げにおのづからなぐさみゆく。

紫のゆかりを見て、つづきの見まほしくおぼゆれど、人かたらひなどもえせず。たれもいまだ都なれぬほどにてえ見つけず。

いみじく心もとなく、ゆかしくおぼゆるままに、「この源氏の物語、一の巻よりしてみな見せたまへ」と心のうちにいのる。

親の太秦にこもりたまへるにも、ことごとなくこのことを申て、出でむままにこの物語見はてむと思へど見えず。

<意訳>落ち込んでいる私を、母は心配した。そしてどうにか慰めようと、なんと物語を探してきてくれた。それらの物語を読んでいると、なんだか自然と心が慰められてゆく。

私は『源氏物語』の紫の上の巻を読んだ。もう、続きが読みたくてしょうがない。でも『源氏物語』の続きを探してきてくれなんて、頼める人もいない。だってこの家の誰もまだ都に慣れていないのだ。物語の続刊を探してきてくれる人なんて、見つかりそうもない。

ああ、でも、読みたすぎる。読みたさのあまり、私は祈った。「この『源氏物語』を、第1巻から最終巻まで、どうか全巻読ませてください……!」

親が太秦のお寺に参詣したときも、私はついていった。そしてほかのことは一切願わずに、とにかくただ一点のみを祈っていた。「源氏物語が全巻読みたい、源氏物語が全巻読みたい」と。

私は太秦のお寺から帰ったら、すぐにでも『源氏物語』を全巻読む準備はできていた。が、まあそう簡単に手に入るはずもなかった……。

この連載でも過去に扱った『源氏物語』の紫の上の巻。どうにかして続きが読みたい!と思った彼女が取った手段は――「祈願」であった。

なんだかどこかで聞いた展開だ。そう、前回(『源氏物語に憧れた女性、熱量凄すぎて出た衝撃行動』参照)の「物語を読みたすぎて、仏を彫って祈願する」とまったく同じパターンではないか。

源氏物語を全巻読みたいと参詣

平安時代の人にとってはやはり信仰は身近なものだったので、『更級日記』には祈願や宗教の話がけっこう登場する。しかしその登場の仕方は割と「物語を読ませてくださいとねだる相手」であることが多い。「祈願って、そんな身近な願いを託す感じでいいの!?」と急に平安時代の人が身近になってしまう。現代のオタクが初詣に行って「チケット当ててください」と願うようなものじゃないか。

信心深い親が太秦の広隆寺へ参詣したときも、彼女はついていった。それは『源氏物語』を全巻読むためであった。親もまさか娘がそんなことを願っているとは思わなかったのではないだろうか……。ちなみに平安時代の広隆寺は、薬師如来を本尊とし、聖徳太子を信仰の対象とする太子信仰の寺だったらしい。聖徳太子も『源氏物語』の続きを読ませてくれと言われても困っただろうが……。

さて、彼女の渾身の祈願はかなうのだろうか。次回(2月16日配信予定)は『更級日記』の続きを読んでみたい。

三宅 香帆 文芸評論家

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みやけ かほ / Kaho Miyake

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長。2016年「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」がハイパーバズを起こし、2016年の年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位となる。その卓越した選書センスと書評によって、本好きのSNSの間で大反響を呼んだ。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)、『人生を狂わす名著50』(ライツ社刊)、『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)など著書多数)。

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