千葉雅也氏が伝授「難解な哲学書」の読み解き方 プロであっても「読書はすべて不完全」が前提

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次に③、「格調高い」レトリックに振り回されない、ということ。まず今言ったことですが、フランス語では大した内容でなくても語彙の抽象性のせいで格調高く聞こえるときがあります。なので、大きな方針として、もっと日本語的に「俗っぽく」読んでしまおう、というスタンスで臨むとよいでしょう。

格調高いというのは「形式張っている」ということ。古典を意識した文章にはお決まりのレトリックがいろいろあり、何を言うかより、まずその古臭い「カタ」があって、カタにはめるかたちで言いたいことを出していく、というかカタにはめるために言いたいことをわざと大げさに膨らませたり、大して本質的でないお飾り的な文を増やしたりすることがあります。これは「科学」とは大いに異なります。必要な情報だけを伝える
のが科学的な文章ですが、人文系の文章は古くは「弁論術」に由来し、人を説得するための技術がいろいろ含まれた文章なのです。

弁論のレトリックとは、たとえば、言いたいことを強く押し出すためにそれと対照的に何かをわざと否定してみせたり、雰囲気を盛り上げるために同じことを違う言い方で繰り返したり……などです。人文系の本というのは、昔のものになるほどそういう傾向が強いということを知っておいてください。ですので、必要な情報だけを「科学的」に取り出してしまう、という読み方をお勧めします。とはいえ、上級の読み方としては、水増し的なレトリックにも深読みすべきニュアンスがあったりするので、本当はそこも無視はできないのですが(デリダのような人は微細なレトリックを分析する読み手なのです)、初心者においては略して読んでしまっていいと思います。

固有名詞や豆知識を無視する

そして②、固有名詞や豆知識的なものは無視して読む。昔の知識人は、教養を自慢するみたいに固有名詞をあれこれ出しながら話を展開します。そういう知識を「当然、知ってますよね」という「教養の共同体」が前提になっていて、昔は、読書によってその暗黙の前提がプレッシャーになり、もっといろいろ勉強しなければ、と思わせられたのです。しかし、初心者においては、細かい固有名詞は無視してかまいません。

重要なのは、主なストーリーと、それを補うサブの部分を区別して読むことです。いろいろ固有名詞を出して複雑そうな話をしているところが大事なのではなく、たいがいそういう部分はサブです。主なストーリーの方はシンプルなのです。

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そして、一番大事なこと。それが①で、概念の二項対立を意識することです。主なストーリーは二項対立で組み立てられています。枝葉末節をあまり気にしないで、著者は対立するA の側とB の側にどういう言葉を割り振り、その両側の関係をどう説明しているのかを捉えるのです。それが主なストーリーの読解です。

ここで補足ですが、本書『現代思想入門』は、デリダの思考法である「二項対立の脱構築」を紹介し、ぜひ応用してみようという話だったわけです。しかし、読書をするときには、まずは二項対立の脱構築はしないでください。著者が設定している二項対立をただなぞる。概念の地図を描く。つまり、読みながらツッコミを入れないということです。途中でツッコ
ミを入れ始めると、端的に言って、読めません。たんにデータをまるごとダウンロードするような意識で読んで、脱構築的なツッコミをするならそれは後の段階です。これは人の話を聞くときでもそうで、まずは、ただ聞くのです。

千葉 雅也 立命館大学大学院先端総合学術研究科教授

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ちばまさや / Masaya Chiba

1978年生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。著書に、『動きすぎてはいけない―ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出文庫)、『勉強の哲学―来たるべきバカのために』(文春文庫)など。近刊に『現代思想入門』(講談社現代新書)、芥川賞候補となった小説『オーバーヒート』(新潮社、川端康成文学賞を受賞した「マジックミラー」収録)、國分功一郎氏との共著『言語が消滅する前に』(幻冬舎新書)などがある。

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