小栗旬「ハマりすぎない役者」に"ハズレ作"ない訳 「鎌倉殿」の次に選んだのは原点回帰の当たり役

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小栗旬は、どれほど演技の腕を磨いても、いや、磨けば磨くほど、舞台などの本格的な演劇の世界ではちょっとだけ浮遊している。その一方で、漫画やアニメが原作のエンタメ作品でハマりすぎるわけでもない。

映画『銀魂』(2017年)で演じたときも、原作マンガにも、監督の福田雄一の世界観にも完全に染まらない。つねに間(はざま)に立っている。そこがいいのだ。

何をやっても小栗旬というわけでもなく、何をやっても「さまざまな市井の人」なのである。田舎の武家の次男坊、地に足のついた刑事、市民に心寄せる官僚、子供を愛する父……まさに生活者である。とはいえ、ちょっとだけ人目を引く、背が高くてスタイルのいい、ちょっと控えめな笑顔が感じのいい、そんな人たちを小栗旬は演じていく。

売れっ子ゆえに本当はかなりの富裕層のはずで、にもかかわらずそのへんにいるおにいちゃんに見えるのだから、小栗旬は相当な演技力の持ち主である。

ひとりの俳優が歩んできた道

ちなみに、『ジョン王』は随所に2016年に亡くなった蜷川演出のオマージュにあふれている。

舞台の後ろを開けて外に出るのも、現代的な格好の人物から物語がはじまるのも、上から物体が落ちてくるのも、巨大な月も、新旧ふたつの訳を使用するのも、男性が女性を演じるのも、子どもが水たまりに転ぶのも、フォークソングが流れるのも、1960年代の学生運動や安保闘争を思わせるものも、すべて蜷川演劇から引いたものである。

その一方で、吉田鋼太郎がかつて所属していた「劇団シェイクスピア・シアター」はジーパンでシェイクスピアをやることが売りのひとつだったので、それも同作ではオマージュされているのではないかと思わせるところもある。

また、小栗がインタビューで「思い出深い『タイタス』で鋼太郎さん、横田栄司さん(事情により降板)、高橋努君が一緒だったから、『ジョン王』でまた一緒にやって、シェイクスピア・シリーズを回顧したいと思っていました。これまでの恩返しのような気持ちでもあります」(「SPICE」2022年11月11日配信)と語っていたこともあって、『ハムレット』から『ムサシ』まで、シェイクスピアのみならず、小栗の蜷川演劇への道をおさらいしているようにも見える。

英国の歴史という大きな物語を、ひとりの俳優が歩んできた道という物語にすることで、多くの観客が個々の自分の物語へと変換していく。そう見せられるのが、小栗旬の力である。

木俣 冬 コラムニスト

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きまた ふゆ / Fuyu Kimata

東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。

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