小栗旬「ハマりすぎない役者」に"ハズレ作"ない訳 「鎌倉殿」の次に選んだのは原点回帰の当たり役

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古典に、現代に通じた普遍性を見いだすことは珍しくないが、『ジョン王』は小栗の醸し出す現代性によって一層、古典と現代をつないで見せる。シェイクスピアの歴史劇という大きな物語が、小栗旬によって極めて身近な出来事を描いた私小説のように見えてくる。それがかえって、演劇、あるいはシェイクスピアに馴染みのない人にも格段に親しみやすくさせるのだ。

舞台で小栗の現代性を生かす演出は、今にはじまったことではない。20年前から彼は、演劇界で現代性を感じさせる役割を担わされていた。

2003年、シェイクスピア劇にはじめて出演した『ハムレット』(蜷川幸雄演出)では、次世代の王子・フォーティンブラス役を演じた。そのときは赤毛に近い金髪をツンツンと立てて、今回と同じように左耳にピアスをし、西洋の甲冑の上にロングコートを羽織っていた。

たまたま小栗が稽古で着たコートを蜷川が気に入り、コートを衣装に取り入れたのである。古典『ハムレット』に現代的な風を吹かせたいという蜷川の思い通り、長身の小栗は颯爽としていて見栄えが良かった。これをきっかけに、蜷川の演出作に多く出るようになり、2006年にはシェイクスピアの生誕地、ストラットフォード・アポン・エイボンでの劇場デビューも果たした。

「20歳から24歳くらいまで、生活の半分以上、蜷川幸雄さんの舞台をやっていて、そこでいい経験をいっぱいさせてもらいました。見たことのない景色を見せてもらえたことを感謝しています。『タイタス・アンドロニカス』(2006年)で行ったイギリスは最高でした」(「SPICE」2022年11月11日配信)と小栗は語っている。

20〜24歳というと、2003〜2007年頃だ。この4年ほどの時間は小栗にとっては演技の基礎を固める期間となり、その間2005年に連ドラ『花より男子』(TBS)でブレイク。2007年公開の映画『クローズZERO』でぐっと飛躍していく。2010年には初監督作『シュアリー・サムデイ』を撮った。

広い世界に羽ばたいていく中で、俳優としての基礎を叩き込んでくれた恩師・蜷川の作品に出たのは2009年『ムサシ』が最後になる。劇作家・井上ひさしが反戦のメッセージを込めて描いた『ムサシ』は、宿命のライバル・宮本武蔵と佐々木小次郎を戦わせないという画期的な話で、海外でも高い評価を受けている。

『ジョン王』のラストはこの作品のオマージュでもあるかもしれない。前出の吉田鋼太郎も『ムサシ』に重要な役で出ているからだ。

小栗旬の作品に「ハズレがない」理由

さて、コツコツ演技を磨いていた小栗の人生を変えた『花より男子』は、前述した松本潤と共演したドラマでもある。そのときは松本と並ぶキラキラの王子キャラだった。

その後出演した映画『クローズZERO』での滝谷源治役はオラオラ系で、エンタメど真ん中の作品にハマっていたように見えた小栗。それが、キャリアを積むにつれ、違う方向に進んでいく。

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