2022年「炎上した広告」主な17案件に見る痛い教訓 「コンプライアンス社会」で進行する緩やかな分断

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3に関しては、タレント側の不祥事が広告に波及した例と、企業側の不祥事がタレントに悪影響を及ぼした例の2つのケースが起きている。

前者に関しては、過去記事にも書いた香川照之氏の性加害事件の影響が大きかった。後者については、「FTXトレーディング」の経営破綻で、大谷翔平氏と大坂なおみ氏という、超有名アスリートが損害賠償訴訟を起こされるに至っている。

一方、シャネルの広告にYouTuber・コムドットが起用され、批判を浴びるという出来事もあった。本件は、不祥事というよりは、単なるブランドとタレントのミスマッチの問題であったが、シャネルに限らず、高級ブランドがインフルエンサーやアイドルを起用する機会が増えている現状において、今後も同様の問題が起きることは十分に想定できる(実際に、批判が起きているケースも他に見られている)。

日本では、大手企業になるほど、広告に有名タレントを起用することが多いが、企業側も、タレント側も不祥事リスクが高まっている状況においては、身辺調査に基づいたリスク要素の洗い出し、さまざまなリスク発生を想定した契約の強化が求められるだろう。

現代のアーチストは積極的に社会的、政治的発言を行い、それが取り沙汰される時代になってきているが、アメリカでアーチストのイェ(カニエ・ウエスト)が反ユダヤ的発言を行い、アディダス社との契約が打ち切りとなったことは、象徴的な事件だったと言える。

日本は芸能事務所の管理が強く、タレントはあまり政治的な発言はしないのが慣行であったが、それもいつまで続くかはわからない。

「有名だから」「人気があるから」というだけで起用するのはリスキーであるし、タレント側にとっても、「有名企業だから」「急成長しているから」ということで、安直に出演してしまうことが、イメージダウンにつながるリスクもある。

コンプライアンス社会で進行する「分断」

ここまで大まかに振り返ってきた。この1年のトレンドをまとめると、

・これまで大丈夫だと思っていたことが大丈夫でなくなった

・大丈夫でなくなったことに対して、賛否両論の意見が出ている

といったところになるだろう。

コンプライアンスが重視されている一方で、自由に発言できない息苦しい社会になることを懸念する人も少なからずいる――という状況は、広告・PRの世界に限らず、現代の日本社会の実態である。

今年の漫才大会「M-1グランプリ」で、毒舌漫才の「ウエストランド」が優勝したことが賛否両論を呼んだが、まさにこれも時代のトレンドを象徴している。

これまでは、「炎上したら謝罪をして、しばらくおとなしくしておく」というのが常套手段で、そうした態度をよしとする風潮が日本にはあったが、そうしたトレンドも転換期を迎えているように思える。

一定の方向に世論が収束していくのではなく、相反する意見が合意もなく、議論が深められることもないままに、同居し続ける状況が当分は続いていくだろう。

一時期、「空気を読む」という言葉が日本ではやり、その後、この言葉は定着した感があるが、現在の日本社会は「空気」が一様なものではなくなっている。

アメリカで起きているような主義主張や信条の分断とは異なり、日本に置いて「空気の分断」とでも言うべき現象が起きているように、著者には思える。

西山 守 マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授

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にしやま まもる / Mamoru Nishiyama

1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。

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