東京駅の展覧会「鉄道と美術の150年」の要注目点 館長が教える見所、絵画の説明文も見逃せない
鉄道も美術も完全に外来のものとしてスタートを切った。日本の美術家たちが近代化の中でどれだけ翻弄され、西洋と折り合いをつけ苦労してきたかは自分も著書の中で書いている。そうか、鉄道も同じだったんだ。
明治維新が起こり、日本は西洋の列強たちを前にとにかく格好だけでもいいから追いつかなければ、と鉄道をイギリスから輸入して走らせた。美術は、それまでの書画や骨董という言葉に代わって欧米のファインアートやボザール、クンストなどに匹敵する言葉として作り出された。
性急に取り入れられた西洋の文化の中でも、目に見えるわかりやすい形の鉄道と美術は、明治という混沌とした時代の影響を相当受けたに違いない。
鉄道と美術の組み合わせは、偶然のように見えるけれども、明治という時代の必然だったと思う。冨田館長の中で「鉄道と美術の150年」のコンセプトが形になった。
今回、展示された150の作品のうち、冨田館長の心に残る作品を聞いてみた。「それは難しい質問ですね」と困り顔を見せながらも、最初に教えてくれたのが1899年、都路華香によって描かれた『汽車図巻』である。
描きたかったのは住む人とその営み
この作品は長いあいだ所在不明だったが、関西の小さい美術館で展示していると聞いて出向き、所蔵家の方と交渉して展示に至ったそうだ。東京では展示されたのがおそらく初めてという。「珍しい作品なので、これを皆さんに披露できたのは嬉しい」と顔をほころばせた。
この作品は長い絵巻に、列車の1等・2等・3等が描かれ、そこに100人を超える老若男女が、さまざまな国籍、職業、格好で描かれている。これは列車を描きながら、明治時代の日本の縮図を見事に表現していると冨田館長は教えてくれた。
「これ、どこに鉄道があるの?」と思ってしまう、不染鉄の『山海図絵(伊豆の追憶)』は面白いので、細かいところまでじっくり見てほしいと冨田館長はいう。2017年、東京ステーションギャラリーで展覧会をやって非常に評判が良かった画家・不染鉄の代表作である。
先ほどの「どこに鉄道が?」という問いに対しての答えは、絵の中央。ド真ん中、という位置に電車が走っている。こちらも富士山を中心に日本列島を俯瞰して見せているようでいて、よく観ると家や鉄道、船のスケール感がおかしい。富士山や日本列島に比べて、大きいのだ。魚まで見えるように描かれている。
「不染鉄が描きたかったのは日本列島でも富士山でもなく、そこに住む人とその営みだったのでしょう」冨田館長は読み解く。
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