ネコ型社員の時代 自己実現幻想を超えて 山本直人著

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ネコ型社員の時代 自己実現幻想を超えて 山本直人著

「ネコ型社員」とは何か? 本書によれば、野村総合研究所が『2010年日本の経営』(東洋経済新報社、2006年刊)で社員を「イヌ・ネコ」分類し、ネコ型を「自己成長を重視して、短期的評価に敏感で時価にあった報酬を求める」と分析している。しかし著者によれば、「ネコ化」はさらに進行している。

犬や馬は人間に対し忠誠を尽くす。目標を与えれば頑張る。これは会社の管理システムと似ている。日本の管理システムは、社員に「上昇意欲」があることを前提にしていた。ネコは犬や馬と違う。「忠誠」という発想は皆無で「勝手に」行動する。命令ではなく、勝手にネズミや虫を追いかけてたたき潰そうとする。同じような行動パターンを持つのが「ネコ型社員」だ。自らのスキルの向上心は高いが、上昇意欲はない。無欲というより、地位や職階に無関心なのだ。

本書は「ネコ型社員」の特徴を5つ挙げている。「滅私奉公より、自分を大切にする」「アクセクするのは嫌だが、やるときはやる」「自分のできることは徹底的に腕を磨く」「隙あらば遊ぶつもりで暮らしている」「大目標よりも毎日の幸せを大切にする」。

上司が「仕事を楽しめ」と言っても、「そうですかね?」とさめた返答をするタイプ。この手の社員はけっこういると思う。いまだに昔風の仕事観を持つ管理職は、こんな部下の扱いに困っている。

ネコ型社員は突然変異ではない。昭和の時代(1980年代末まで)にもいた。高度経済成長を支えたのはモーレツ社員だが、社員のすべてがモーレツだったわけではない。対極の「昭和ネコ型社員」がいたと著者は言う。

仕事ができないわけではないが、無理をしてまではやらない。「オレがオレが」と自己主張しないので出世は遅く、課長かその先止まりだ。しかしそれなりの人望はあり、厳しい上司のいる職場で緩衝材として機能し、幸せな退職を迎える。要するに「緩み」を職場にもたらし、「ギスギス」感を退治していた。

しかしこの「昭和ネコ型社員」は90年代に絶滅する。成果主義が導入され、目標設定やフィードバックなどが細かくシステム化され、スキルやキャリアという横文字が横行する。そんな時代背景の中で「昭和ネコ型社員」は居場所を失い、非ネコ化したり隠れネコになったりして身を潜めた。

そして2000年代に入って、新タイプの「ネコ型社員」が発生し、今も増殖し続けている。発生の背景にあるのは2つの呪縛だ。1つは「自己実現」の呪縛、もうひとつは「日本人は勤勉」という呪縛だと著者は説く。

「自己実現」という言葉は昔から使われてきたが、近年の「自己実現」は「やりがい」に似たニュアンスで使われている。「天職を見つけて自己実現!」がよく見るパターンだ。「想いは必ず実現する」「信じれば夢はかなう」という類似のパターンもある。これらの用法は90年代から流行し始めた。現在のビジネス本も同じような内容のものが多い。

しかし著者によれば、2000年を過ぎたあたりから「自己実現?」「ちょっと違うんじゃない?」という感覚が生まれてきたという。そして「自己実現」という蜃気楼が消え失せた後に待っていたのは平坦な未来だった。

「日本人は勤勉」という呪縛も日本社会には存在する。経済番組を見ていてもエコノミストが「日本人特有の勤勉さを発揮することによって~」と発言するシーンが多い。しかし本書を読むと、「勤勉」というDNAを日本人が持っていないことがわかる。江戸時代の商家や職人には十分な休暇があった。戦前の工場労働者も「勤勉」どころか「怠け者」だったようだ。勤勉性が形成されるのは、戦後の昭和25年から30年以降らしい。たぶん勤勉な方が「得」だったからだろう。

そして80年代まで企業の社員は一生懸命に働いた。働けば給与も地位も上がり、定年後には安定した老後が待っていた。だが時代は流れ、現在の雇用は社員の幸せを保証してくれない。そんな時代に「勤勉」という思い込みを押しつけられてもシラけるばかり。「ネコ化」するのは当然だ。

本書には社会の変化を象徴する事例がいくつか記されている。ちょっと意表を突かれたのは結婚式で仲人を立てる人の比率だ。ゼクシィ「結婚トレンド調査」によれば、調査開始の94年は64%だった。仲人の多くは会社関係者(たぶん最も多いのは上司)だったろう。十数年前の職場では、公私に境界がなかったのだ。

ところが08年の調査では仲人を立てる人はわずか1%。恐ろしい勢いで減っている。仲人が死語になる日は意外に近いかもしれない。

仲人の激減でわかるとおり、時代の空気は大きく変わったが、企業社会の遺伝子、価値観、文化は簡単に変わらない。著者は「オヤジ化ウイルス」と呼び、日本の職場で繁殖していると指摘している。その例として、日本企業が社員に対し「一人前」になることを望むが、「一流」を期待しないことを挙げている。またこれほど職場でギスギス感が強まっているのに、「一体感」を重視する管理職は多い。

「オヤジ化ウイルス」は著者に言わせれば「組織の内弁慶体質」である。中では威張っているが、外に出ると意気地のない人が内弁慶。こういう内弁慶体質が「ネコ型社員」の天敵だ。

もし部下に「こいつは仕事ができるのに、何で言うことを聞いてくれないのかな」という若手がいたら、それが「ネコ型社員」だ。本書を読んで、ネコの気持ちを理解しないとその能力を活かせないだろう。

(HRプロ嘱託研究員:佃光博=東洋経済HRオンライン)

新潮新書 714円

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